「○○歳から始めるピアノレッスン」「定年後に始めるギター」など、ある程度歳を重ねてから習い事をされる方も多いのではないでしょうか?
その一方で「こんな歳からじゃあ、もう遅いでしょ?」と、躊躇される方もいらっしゃり、その気持ちも分かります。
確かにインドの楽器「シタール」を60歳から初めて学ぼうとするなら、それは確実に「もう遅い」と言えるのかもしれません。
ビートルズのギタリスト・ジョージハリソンは1966年、突然インドの思想に目覚め、それに伴ってインドの代表的な楽器であるシタールを学びたいと考え、有名なシタール奏者であるラヴィシャンカールの門を叩きました。しかしシャンカールは「この楽器を完全に習得するには、君はビートルズとしての活動を全て放棄して、この楽器の練習に一生を捧げなければならない」という助言をしたと言われています。どの楽器でも簡単なものは無いとはいえ、シタールの習得にはそれほど気の遠くなるような時間が必要なのでしょう。
しかし、60歳でボイストレーニングを始める事は、少なくとも「遅すぎる」という事は決してありません。
それは何も「誇大広告」や「希望的観測」といった種類のものではありません。
むしろ、ボイストレーニングは他の楽器の習得とは一線を画す「特別な」トレーニングだと言えると思います。
今回は、上記の内容で書き進めてみたいと思います。
お付き合い下さい。
「声」は生涯失われるものではありません
まずは前提として「声は人間にとって大切なコミュニケーション手段である」という認識を持ってください。
つまり、人間が生きていくために「声が出ない」状態になることは「コミュニケーションが取れなくなる」事に等しいです。そんな人間の生命にとって正に「肝心要」となる喉の機能が40代や50代で早くも衰え始めるとは、僕は到底思いません。
そして、充実した声を作り出す喉の機能は僕たちが考えているよりずっと歳を重ねても充分に発揮されることが分かっています。(人間は、何と90歳まで歌い続ける事が可能だと言われています)
あなたの周りにいるご高齢の方を思い出してみてください。その人が「全速力で走る」姿は想像しにくいと思いますが、「朗々と歌う」姿は簡単にイメージ出来るのではないでしょうか?また、腰が曲がってはいるけれど口ばっかり達者な「いじわるばあさん(長谷川町子の漫画)」は、いかにも実在しそうな人物として描かれています。いや、実在したのかもしれません!(笑)
歌いにくい原因は「声の固着」です
「若い頃はよく声が出ていたけれど、歳のせいか段々声が出なくなってきた」と、カラオケが億劫になっている人はいないでしょうか?
これは「喉が衰弱している」と言えますが、これは何も特別な事ではなく、誰にでも起こり得る事です。
原因は「喉の筋肉の一部だけを使って声を出し続けた」ことによって、声が一定の音程・音質に固着してしまっているからです。
当然、20代の頃より50代になってからの方が「声の固着」は進んでしまいます。なので、歳を重ねるごとに歌いにくくなってくるのです。
とはいえ、現代人は多かれ少なかれ衰弱している喉で声を出しています。この衰弱した喉を「機能回復」させる事がボイトレの目的です。
必要な練習は若い人たちと何ら変わりありません
では、60歳の人のボイストレーニングとはどんなものか?何か特別な「60歳用の練習メニュー」があるのかというと、決してそんな事はありません。
シンプルに「(声区の)分離・強化・融合」という、ボイトレの3つのステップを踏んでいくことになります。
つまり「裏声と地声を分離し、それぞれ純粋な形で抽出する」「裏声と地声を、それぞれ出来るだけ強く出せるようにしていく」「裏声と地声を、融合して一本化していく」という、老若男女を問わない練習メニューです。
もちろん、その人それぞれの主訴によって練習メニューのバランスは変えていきます。例えば「大きな声が出せない、歌声は全て裏声になってしまう女性」には地声の強化を、「歌う時は全て地声、しかも音程が取り辛い男性」には裏声中心の練習を、それぞれ多めに行なうと良いでしょう。
ボイトレは大まかには「ジャンルによって」「男女の違いによって」「年齢によって」といった区別はありません。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
ボイトレは他の楽器の練習とは全く異なる性質のものだと考えてください。
例えば「ピアノを弾くこと」は(直接的には)人間のコミュニケーション手段ではありませんが、「声を出すこと」は生物としての人間が、決して失ってはいけない”生きていくために必要な動作”なのです。
とても簡単にいうと・・・人間はピアノを弾けなくても死にませんが、声が出せないと生命を危険に晒す可能性さえあります。
そんな大切な役割を担っている「喉の機能」は、きっと人間の他の部位よりも「長持ち」するように出来ているはずです。
以上、ご精読ありがとうございました。