僕がレッスンで使っている「フースラーメソッド」は「アンザッツトレーニング」というものを骨子としています。
とてもとても簡単に説明すると「7種類の声を出す事によって、喉を吊っている筋肉を鍛える」というものです。
アンザッツには1番・2番・3a番・3b番・4番・5番・6番まであり、それぞれの声を発声すると喉周りの、どの筋肉が動くかが分かっており、その事を利用して喉の筋肉をバランス良く鍛えていきます。
フレデリック・フースラーというスイスの発声学者が開発した、誰でも確実に効果を出す事が出来るトレーニングです。
このアンザッツトレーニング、僕も毎日欠かさず行なっており、効果を肌で感じています。
このトレーニングのおかげで、僕の声は以前とは比べ物にならないほど、強く自由になりました。
時間の無い時、どれか一つのトレーニングしか出来ない場合、僕は必ずアンザッツトレーニングを選んでいます。つまり僕は一年365日、毎日このトレーニングを行なっています。一回やれば必ず喉の筋肉を鍛えてくれる「不可逆的な」アンザッツトレーニングは、僕にとって成長するための精神的な拠り所となっています。
また、フースラー自身は、それぞれのアンザッツを「声を当てる」という表現を用いて、体の様々な部分に「向かって」発声するように指示しています。
つまり、「アンザッツ1番は上の前歯に向かって」「アンザッツ2番は胸に向かって」・・・という風にそれぞれ「声を当てる」と求める声が出て、その結果、意図する筋肉が鍛えられるというものです。
しかし現在は、この「声を当てる」という考え方は「人によって解釈の違いが生まれ」、ニュアンスで処理されてしまわれる恐れがあるために、採用しない方向にあります。
今では「出てくる音色」にのみ気を配る事が重視されています。
確かにそうですね。僕がイメージする「上の前歯」と、あなたのイメージする「上の前歯」とは違っている可能性があります。
さて、このアンザッツトレーニングの「声を当てる」事について最近思うことがありました。
アンザッツトレーニングは、やればやるほど、それぞれの音色のキャラクターが際立ってきて、音量も大きくなってきます。
僕の発声するアンザッツも、日に日に強く大きくなってきているはずです。
もちろん、僕は「声を○○に当てる」という事はせず、出てくる音色にのみ気を配りながら、これまで練習してきました。
しかし、最近こう感じました。
目次
1番を出している時は上の前歯に振動を感じ、2番を発声している時は胸に振動を感じます。
こんな風に、それぞれのアンザッツに対してフースラーが「声を当てよ」と指示した場所に、僕自身が振動を感じるようになったのです。
それはごく最近になって起こり始めました。
僕が「僕もアンザッツを強く出せるようになったもんだなあ」と感じ始めていた矢先でした。
僕はこう思います。(あくまでも僕の推測です)
フースラーの指示した「各アンザッツの当て場所」は、アンザッツが育ってきて強くなった時に結果として振動を感じる場所ではないでしょうか?
つまり「アンザッツの当て場所」は「手段」ではなく「結果」だと感じます。
フースラーは「手段」として「声の当て場所」を指示したのですが、少なくとも僕には「振動を感じる結果」として現れています。
そう考えてみると、ボイストレーニングには「手段と結果」が入れ替わってしまっている事がたくさんあります。
代表的な例では「鼻腔共鳴」です。
実際は、声は鼻腔に共鳴しない事が科学的に分かっているのですが・・・こんな場面を想像してみて下さい。
鋭くて、良く通る声の歌手がいます。
実際には、彼の声は「よく訓練されて解放された喉」によって鋭いトーンを実現していますが、同時に「あたかも鼻腔に響いているような感覚」を彼自身の体感として味わっています。
自分の鋭い声は「彼のよく訓練されて解放された喉」だけによって発声可能となっているとは知らない彼は、弟子に指導します。
「鋭い声とは、鼻腔に響かせて出すのだよ」と!
腹式呼吸も、このケースに当てはまるのかもしれません。
ある歌手が、強く大きな声を出している時に「結果」として「お腹を硬直」させていた。
※実際に強く大きな声を作っているのは、いうまでもなく「喉」です。
それを彼は「お腹を硬直」させれば、強く大きな声を出せる!と伝えた・・・
こんな風にして「手段」と「結果」が入れ替わって、生理的に間違った発声方法が広まっていったのでしょう。
忘れてはいけない事は、「アンザッツの当て場所」も「鼻腔共鳴」も「腹式呼吸」も全てに共通する事は、「実際に仕事をしているのは喉のみ」であるという「事実」です。
この事さえ知っていれば、「手段」と「結果」を入れ替えるという間違いは起こらないと思います。
僕はロック・ポップス畑の歌手ですが、残念ながら僕のジャンルでは、科学的・生理的な真実を知らずに「先輩から後輩へ、自分が発声している時のイメージを伝える」的な発声指導がよく行なわれています。つまり「手段」と「結果」が入れ替わってしまっているのです。ロック・ポップスのジャンルのボイストレーニングは、まだまだ「ニュアンス主体の感覚的なもの」が伝わっている事が多いと感じます。
以上、ご精読ありがとうございました。