シンガーは孤独だと言われます。
僕は、この言葉は、とりわけキザな言い回しだとは思いません。
ボイストレーニングは精神鍛錬の場だ、と思うこともあります。
どの楽器の練習でも、ある種のストイックさは当然必要でしょう。
しかし、僕は声を扱うためには、他の楽器の奏者とは違う、特別な慎重さが必要だと思っています。
仮に僕がギタリストだったとしても、シンガーは大変だなぁと感じると思います。
他の楽器の奏者からは反論が出そうですが、本番に向けての準備に最も気を使っているのは、僕たちシンガーではないでしょうか?
発表会であれ、カラオケであれ、ライブであれ、人前で歌を披露する人は皆「シンガー」です。立場は違えど皆、自分のベストの声を聴かせたいと願っています。そして、その為の調整は(キャリアが浅ければ浅い程)とても難しいです。
あなたが少し調子が悪い様子を見せると、バンドのメンバーや発表会の関係者が、それこそ”親身になって”色々とアドバイスをくれるでしょう。
しかし、その人の善意とは関係なく、あなたがスルーしなければいけないアドバイスの方が多い事もまた事実です。
今回はそういった親身のアドバイスを、なぜ僕たちはスルーするべきなのか?について書いてみたいと思います。
お付き合いください。
自分にとって一番のアドバイザーは「自分」です
例えば、今夜のライブの為に会場でリハーサルをしている時、あなたの声の調子が悪かったとします。
おそらく、他のメンバーは「本番までに喉を休めるように!」とアドバイスしてくれるでしょう。
ほとんどのバンドにとってシンガーはバンドの「顔」なので、あなたの声が上手く出ない事は、「ライブが成功しない」事に直結してしまいます。
自分の喉の不調を自覚しているあなたの頭の中には「喉を休めた方が良いかも」という考えが浮かぶでしょう。
しかし実際は、僕がこのブログでも何度か書いてきたように「絶対に休んではいけない!」のです。
それどころか、より入念にウォーミングアップして、声の調子を整える方向で本番までの残された時間を使うべきなのです。
なぜ、こういう危険なアドバイスがなされるか?
それは只の一点、「他のメンバーは声の専門家ではない」からです。
もちろん彼らに悪意は一切ありませんが、「知らない」ことについては上手くアドバイス出来なくて当然なのです。
不調のシンガーを見た時、ほとんどの人が「喉を休めるように!」アドバイスする事は、ある意味当然ですね。休めた方が少しは回復する気になります。でも仮に喉を休めても回復は「ほんの僅か」です。それよりも今の喉の状態でどう歌うか?を時間ギリギリまで考えるべきです。より難しい歌で入念にウォーミングアップするべきです。
僕たちは「自分の喉を一番よく知っているのは自分だ!」と、胸を張って言い切れるだけのトレーニング経験を積んでおきたいものです。
「声」は専門性が低い?
例えば、不調のドラマーに対して「スティックをこう持つように!」とアドバイスするシンガーはいないでしょう。
しかし、逆は起こり得ます。
シンガーに対して「もっと声量を落として歌った方が楽に歌えるぞ!」とアドバイスするドラマーがいても不思議ではありません。
なぜ、このような事が起きるのでしょうか?「声」は専門性が低いのでしょうか?
その答えは「誰でも、ある程度歌える」からでしょう。
つまり、人は自分が少し出来る事は、アドバイスしやすく、またアドバイスしたくなりますね。
僕たちシンガーは「全く叩けない」ので、ドラマーに対してアドバイスする事が不可能です。
しかし、この場合のドラマーとシンガーは「それぞれもう一方には精通していない」点では似たり寄ったりです。
なので「声に精通している人=自分」のやり方を全うする事は、ごく自然で当たり前の事だと思います。
もし、ライブや発表会の現場に、これまでずっと歌ってきた百戦錬磨のベテランシンガーがいたなら、(たとえボイトレ経験はなくとも)良いアドバイスをくれる事もあるでしょう。彼らは多くの「不調でも歌わなければいけない」状況を経験しているので、実戦的な方法を知っているかもしれません。しかし、そのベテランシンガーのやり方を、そのままボイストレーニングに持ち込むことは危険です。これは矛盾するようにも聞こえますが、”現場一徹”で歌ってきたベテランシンガーの中には根拠のない独特のやり方で”上手く歌えてきてしまった”人達もいます。こういう人たちの理論やニュアンスは他の人に当てはめた時、全く役に立たないどころか害になる可能性すらあります。
ボイトレ学習者は声の専門家です
上記のように「誰でも、ある程度歌える」事が色々な誤解を生んで、間違ったアドバイスがなされることが頻繁に起こり得ます。
しかし、例え初心者であってもボイストレーニングをしている人は「何もしていない、ある程度歌える人」と比べても、比べ物にならないくらいの専門性を身に付けています。
「裏声と地声は分離する必要がある」「裏声と地声は最終的には融合される」・・・こういった、ボイトレの基礎でさえ「ある程度歌える人」は知らないと思います。
一日のうちの一定の時間(それがたとえ5分でも)声について考えて、練習している人たちは、世の中にそんなに多くはないはずです。
あなたや僕たちは「声の専門家である」自負を強く持って良いと思います。
歌は「習う必要がない・習っても仕方がないもの」という考えの人が結構います。他の楽器にくらべて先天性の・才能の部分が多いという先入観からでしょう。もちろんそれは甚だしい間違いです。
まとめ
本来「精通していない事」へのアドバイスは出来ないものですが、歌に関しては「誰でも歌える」という認識から、「専門家でない人たちから」の間違った助言が与えられたりします。
やはり「餅は餅屋」なのです。
そして、そういったアドバイスは勇気を持ってスルーすべきだと思います。
僕たちは「声の専門家である」という強い自負を持てるようなトレーニング経験を積んでおきたいものです。
以上、ご精読ありがとうございました。