母音は歌にとって最重要でありボイトレの根幹。母音を征する者は歌を征する

歌を難しくしている原因は、本当に色々あるとは思います。

その中でも「母音をどう発声するか?」は克服しない訳にはいかない大きな問題だと思います。

今回はその「母音」についての記事となります。

ぜひお付き合いください。


 

以下の内容は僕が自身のトレーニングや生徒さんへのレッスン、また日々のステージでの経験に基づく「母音についての現時点での考え」となります。

よって、この事について基本的な考えは変わらないものの、今後の訓練方法などがマイナーチェンジしていく可能性はあります。

そして、今後も勉強を重ね、日々のステージで自分自身の喉と声で実験し続ける事で得た「軌道修正」内容を、当ブログにおいて追記していく事を免罪符とさせて下さい!(笑)


 

さて、恥ずかしながら僕は母音の問題について、長らく自身のトレーニングやステージで軽視・誤解し続けてきました。

そして、母音についての考えを改めるきっかけとなったのは、「ベルカント唱法~その原理と実践」(コーネリウス・リード著)からの影響です。

この本は現代(196070年代時点)のボイストレーニングの本質がどのようにして歪められてしまったか?正しく伝統的なボイストレーニングを復活させるには?といった内容なのですが、とにかくページを開けばどこもかしこも「母音・母音」です!

正しい母音!純正な母音!と、正に連呼されています!

そして、「母音を正しく歌う事」は歌にとっては最も重要で、それは歌詞が正しく伝わる事という誰もがイメージできる重要性以上に、発声というものの根幹を成す程のものである事が書かれています。

表紙を見てもらえれば分かりますが、いかにも「声楽家志望者以外お断り!」みたいな印象が、この本から僕たちを遠ざけていると思います。(モッタイナイ!)

もう少しポップな新装版でも出回ると良いと思うのですが・・・

随分たいそうな名前の付いた仰々しい装丁の本ですが、ともかく歌を志す人は必読の内容です。

ぜひ、機会があれば手に取って読んでみて下さい。

 

「母音の純化」「純正な母音」という言葉に対する誤解

 

ボイトレでの大切な訓練として「母音の純化」というものがあることをご存知でしょうか?

ネット情報やボイトレ本で独習されている方にとっては「聞いた事あるけどイマイチはっきり理解できない」のではないでしょうか?(かつての僕もそうでした)

この「母音の純化」は、時として間違った伝わり方をする時があります。

「母音の純化」とは、簡単にいうと「どの母音を発声する時にでも差異なく同じ響きを保つ事」を意味しています。

でも、時々「“ア”が“エ”や“オ”っぽくならないように。あくまでも純粋な“ア”として発声する事」という間違った意味に伝わる事があります。

むしろ「母音を正しく」とか「母音を純正に」という意味は、「アならア!とはっきり口を開けて発音する」といった意味よりも、「母音を“正しい発声”で“正しく響く音”で“正しい音程”で」という意味に近いと思います。

つまり、ボイストレーニング目線での「正しい母音」とは「“音”としての“正しさ”全て」という意味なのだと思います。

 

ポップス・ロックでの母音の扱われ方

 

そもそも「母音の純化」などという概念は、クラシックの世界で生まれたもので、当然声楽のトレーニングの為に使われてきた考え方です。

そして声楽のボイストレーニングで「最重要」と考えられていた「母音」の扱いが、ポップスやロックの世界では、どう贔屓目にみても大切に扱われているようには思いません。

僕はロック畑のシンガーですが、もっと早くにこの問題に真面目に取り組んでいたならば、僕の現状のボーカルの質は大きく変わっていたとさえ思います。

僕たちのジャンルでは「母音」はただ単純に「発音を作る=構音」としての役割しか与えられていないように感じます。

つまり「歌詞をはっきり歌いなさい!」という事だけのために・・・

ポップス・ロックの世界にもボイストレーニングがある程度浸透してきて、系統だった訓練で発声を強化するというシステムも根付いてきてはいますが、この「母音の重要性」のように、抜け落ちてしまっている部分も確かにあるように思います。

例えば、大学の軽音楽部の先輩が後輩に向かってお前さんの歌の悪いところは母音だ。早い事その母音は改善した方がいいぜ!”なんて言っている場面なんか見たことありません。

でも、声楽部の中ではこのような会話が交わされているのかもしれません。

それだけロック・ポップスにおける母音の位置づけは曖昧で軽視されていると思います。

僕は今、母音について深く考えない事は、ジャンルを問わず、歌を志す人にとって、とてもとても勿体ない事だと思っています。

 

母音の問題点~僕自身の経験

 

例えば「一番の歌詞は歌い易いけど、二番はとても歌いにくい」などと感じられた事はないでしょうか?

これは母音の違いによって難易度の差が生まれている可能性が高いです。

僕自身もそんな歌がたくさんありました。

そしてステージではモニタースピーカーで自分の声を聴きますが「ア」母音だとはっきり聴こえるけれど「イ」母音は全然聴こえない!なんて事がしょっちゅう起こります。

これは母音によって響きの差、つまり「純正さの差」がある為です。

そして各母音によって音質に明らかに差がある、特定の母音だけ音程がフラットする、などという場合も同様です。

当然、上記のような状態では歌は不安定にしか聴こえないでしょう。

単純に、歌のフォルムだけを考えても母音の重要性はハッキリと分かります。

そして、母音を軽視できない理由はまだまだあります。

 

母音を征する者が歌を征する

 

母音を扱う事の難しさは、発声の中にあるもう一つの厄介事「地声と裏声の融合」の問題に常に「つきまとわれる」という事ではないでしょうか。

ある音が上手く響かない・良い音が出ていないと感じるとき、その原因が「母音の甘さ」にあるのか「地声と裏声の融合の甘さ」にあるのか、判断は難しいです。

「地声と裏声が交わるあたり」の音程は、よほど声が鍛えられてどの音域でも上手く歌える人でない限り「響かない」事がデフォルトとなります。

そのあたりの音程をいかに純化させるか?が「母音の純化」の最終目標になってくると思います。

やっぱり歌にとっての最大の難関は「地声と裏声が交わるあたり」をどう発声するか?に結局は集約されるようにも感じます。

 

母音に真正面から挑んでいきましょう

ある生徒さんから相談を受けました。(日頃から常にステージで歌っている人です)

「この音程で“イ”母音を歌うと声がひっくり返りそうで怖いんです。だからいつもその部分の声量を落としたり、“エ”っぽくごまかして歌ってしまうんです」

この相談に対する答えはシンプルです。

それは「母音から逃げてはいけません!」です。

上でご紹介した著書の中でコーネリウスリードが書いている「良い響きを伴った母音の作り方」の説明が、僕にとってはとても分かり易く、ビジュアル化しやすかったのでご紹介します。

とてもとても簡単にいうと・・・

「声帯が振動する→“意識的に”口の中で空気の柱のような物を作る→その振動と空気の柱が上手く結びついた時、最良の響きを伴った音として発声される」※僕なりのかなり極端な解釈です。

 

だからこの生徒さんの場合は「イ母音の振動と、口の中の空気の柱が上手く結びついていない」とでもいいましょうか・・・

そもそも“イ”は“ア”に比べると口の中が狭くなるので、「口の中の空気の柱」も小さくなり、響きを保つ事は難しくなります。

いずれにしても”イ“を避けて”エ“っぽく逃がしたり、声量を落としたりする事は逆効果です。

なぜなら、母音を純粋な響きを伴って発声することで「喉はより発声しやすい状態へと導かれる」からです。

これは、とても不思議でファンタジックな事のように思うかもしれませんが、古くから認められてきた事であり、僕の経験的にも事実です。

「良い喉の状態」は「良い声」を作り、また逆に「良い声」は「良い喉の状態」を作るので、僕たちは常に「純粋で良い音を」発声していかねばなりません。

そして「母音の純化」は「声区融合」をも誘発します。

つまり、とても簡単に言うと「母音をキチンと歌った方が歌い易いです。声も良く出て、途中で破綻したり裏返ったりしにくくなります」

だから、歌いにくい箇所ほど母音を丁寧に発声する必要があります。

そして調子の悪い時ほど、この事を忠実に実践してください。

別段、母音を正しく歌うとフォルマントがどうだとか、共鳴が云々とか、そういう事は知らなくても良いと思います。

事実、かつてのボイストレーナーと生徒は、そんな音響学の知識なんかまるで持たず、「聴くこと」のみを頼りに声を開発していったといいます。

ボイトレ用語として広まっている、やたら細分化された声の種類の名前や、ナントカ筋の働きについての知識を得る事に躍起になるよりは、

 

歌ってみて響かない音を一つ一つ拾い出して「絶対全部の音を響かせてやる!」と躍起になる事の方が遥かに身につく事が多く、実戦的ではないかと思います。

 

以上ご精読ありがとうございました。

 

 

 

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