僕たちは皆「歌を忘れたカナリア」なのか?(再投稿)

この記事は2018年2月27日に公開したものを2018年5月19日に追記・再編集したものです。

 

歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか

いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか

いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか

いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい

月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す

西条八十 作

歌いたい歌は山ほどあるのに、いつもいろんなことが邪魔をするんだよなあ。

「ちょっとキーが高いよなあ」とか「最後のロングトーンがなあ・・・」とか「なんでギターソロが無いんや!声がもたへんわ!」とか。

本当は「歌いたい衝動」に正直に、どんな歌でも歌えなくちゃいけないんだけど。

 

フレデリック・フースラーは著書「うたうこと」の中で書いています。

 

「人間は本来自由に歌える生き物である。それが理性が働いてきて大声で叫ばなくなったり、覚えた言葉で静かに気持ちを伝えたりしてるうちに、自然に上手に歌ってた事なんか忘れてしまった。その間に喉の神経が無茶苦茶になって制御不能になっただけなんだ。だから君たちは”上手く歌えるように(上達)する”のではなく”歌うことを(思い出す)つまり喉の機能を回復するだけでいいんだ。」と。

(上手くなる)から(思い出す)への思考の移動は、ボイトレに取り組む上でとても大きな違いがあると思います。

歌う事を(思い出す)だけで良いなんて、僕なんかはスーッと気持ちが楽になります。

 

もしも天上にアポロン(音楽の神様)がいて、かつての僕の行動を見てたらきっと大笑いしてるだろうな。

「ほら見てごらんあの男、リハーサルでは歌わないらしいよ。それに間奏の度に水を飲みに行ってる。肩が上がらないように小さく息をして、曲の前半は声量をセーブしてる!おや、サビではお決まりのミックスボイスかい!きっと家に帰ったら百科事典をお腹に置いて練習して、腹式呼吸をやって、リップロールとミックスボイスもやるはずだ!そんなこっちゃいつまでたっても(思い出せない)のになあ。」

カラオケ店では喉を守るドリンクを売っていて、いつもマスクや加湿器・吸入器やのど飴が手放せない人がたくさんいる、この世界は「本来自由に歌える生き物」の住み家としては相応しくないと思うなあ。

「大声を出す」「思いっきり歌う」なんていう行動は、本当なら「喉を傷める心配なしにやるべきものなのに、誰かが僕にその方法を教えて、僕は誰かに同じことを教えなくちゃならない。

誰もが、年齢を重ねるごとに声を出す事が怖くなってきたり、遠慮が出てきたり、恥ずかしくなったりしなければ、ボイストレーニングなんて必要なかったろうに。

 

そう考えると、僕も子供の頃はもっと歌っていたよなあ。

うるさい!って怒られるまでCMソングを口ずさんだり、下校中ずっと友だちとアニメソングなんか叫んでたなあ。

あの頃は京都屈指の名歌手だったよな、きっと(笑)

よし!今日もしっかり(思い出そう)!僕らは自由に歌える生き物なんだから!

 

歌を忘れたカナリアに腹式呼吸をやらせましょ

いえいえ それではダメでしょう

歌を忘れたカナリアにミックスボイスを授けましょ

いえいえ そんなの使えない

歌を忘れたカナリアに元々ヘタだと伝えましょ

いえいえ それではひどすぎる

歌を忘れたカナリアを幼児のように解き放ち

自由に叫べと仕向ければ 忘れた歌を思い出す

石橋謙一郎 改編

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