”出しやすい音域”で作ってしまったクリスマスソング。「出しやすい音域」と「出せる音域は」違う。

今日は12月25日、クリスマスでございますよ!

信仰的には全然関係ない人たちが多いこの日本でも、街は早くからクリスマスのイルミネーションで彩られ、道行く人たちの顔も何となく華やいでみえます。多くの人にとって、何故かワクワクするクリスマス!

近頃はハロウィンの時期にも街は賑わいを見せるようですが、やっぱりクリスマスには(信仰とは別の)日本人なりの伝統があります。まだまだ”年間最重要イベント日”の座をハロウィンに奪われるわけにはいきません!

僕くらいの年齢(47歳)になると、クリスマスといえども”ただの年末の一日”という位置づけになってしまいがちです。けれど僕自身も子供の頃はこの日をとても楽しみにしていた記憶があります。

さて今日の記事では、僕が昔作ったクリスマスソングを聴いていただき、そこに少しボイトレ的な解釈を付け加えてみたいと思います。

お付き合いください。

 

この曲は僕が大学生の頃に作った歌で、曲名を「christmastide」といいます。

歌詞は英語で書いていますが、下記のような内容です。(言葉のサウンドのことだけを重視して書いたので、英語は多分間違っている箇所もあると思います。ご容赦ください。)

朝起きると、クリスマスの太陽の光が降り注いでいた。

遅い朝ご飯を食べ、ふと外を見ると、そこは白い息を予感させた。

水たまりには雪が降った名残。なるほど、道も濡れているようだ。

人々はそれぞれのクリスマスをこしらえるために街に集まり始めているんだろう。

クリスマスは、子供の頃とは少し違ってしまったとはいえ、やっぱり素敵なものだ。

僕はベルを鳴らしてそりに乗って空に浮かんでいる男を見つけた。

「彼は誰なのか?」と考えているうちに、男は白い贈り物を残して消えてしまった。

人々はそれぞれの目的に向かって、真っ赤に燃える心を胸に抱いて歩いている。

トナカイ、シングルベル、雪のベール、サンタクロース・・・昔見たものばかりだ

恋人、両親、居間、ご馳走・・・昔見た光景だ

クリスマスの夜は、まるで次の目標があるかのように足早に過ぎてしまった。

夜は寒く、眠ろうにも目が冴えて眠れない

音楽を聴いていると、昔僕が言った言葉が蘇ってきた。

今、彼らも同じ言葉を言っているのだろうか?昔、僕が口にしたのと同じ言葉を。

 

さてこの歌、とても狭い音域で作っています。いや、正確には「作って”しまって”います」

自分の部屋でギターを弾きながら作ったのだと思うのですが、おそらくあまり大きな声は出していなかったのでしょう。ささやき声で静かに歌っても充分歌えるような音域に留まってしまっています。

つまりこの曲の中で使われている音域は、僕にとっての「出しやすい音域」なのです。

けれど実際に僕が「出せる音域」は(ボイトレのボの字も知らなかった当時でさえ)もっと広かったはずです。

何が言いたいのかというと・・・誰でも、鼻歌で適当に歌ったメロディーは「出しやすい音域」で歌ってしまうものです。けれど、実際にはそれよりもっと広い「出せる音域」を持っているはずなのです。

もし、オリジナル曲を作ったりカバー曲のキーを考えたりする機会があるなら、「出しやすい音域」ではなく「出せる音域」で勝負した方が曲をよりドラマチックに仕上げられる可能性は広がるのではないでしょうか?

「自分で作って自分で歌う」・・・素晴らしいことですが、”テクニックの限界が音楽の限界になってしまう”可能性もあります。歌手ならば「歌いやすい音域だけで」、ギタリストなら「自分が演奏可能な範囲内だけで」メロディーを作ってしまう危険性はあります。

僕はこのブログを機会に、昔作った曲を思い返してその音域の狭さに改めて気づき、このような記事を書いてみました。参考になれば幸いです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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