「俺はとりあえず困難な道を行く」。歌の練習にも通じる名言、不得意な歌を練習することが大切。

私が最近知り合ったある男性は、とても情熱的な人で、仕事を熱心に頑張る人です。彼は小さな会社のオーナーですが、夜通し仕事をして、またあくる日も現場に出て、帰社してからはまた事務処理をやって・・・とにかくよく働くこと・・・聞くと「平均睡眠時間は4時間」だということです。「仕事が楽しいから、眠くない」のだそうです。

さて、彼は会社の経営者として立派に成功していますが、その秘訣を尋ねてみたところ、こんな言葉が返ってきました。

「二つの選択肢がある時、俺はとりあえず深く考えずに”難しい方の道”を進むようにしている。」

この言葉だけを聞くと、過去の偉人の誰かが言っていそうな「格言・座右の銘」のようなものだと考えられます。つまり「男は皆、”難しい方の道”を選び、自ら成長していかなければいけない」という意味の、少しマッチョな「根性論」的な印象を持ちます。

しかし、彼は続けてこんな事も話してくれました。

「俺は、理屈抜きに”難しい方の道”を選び続けてきたからこそ成功したのだ。自分の成長の為とか、そういうことではないのだ。”難しい方の道”を選ぶことは、それ自体が良い結果を勝ち取るための手段なのだ。」

これはちょっとユニークな考え方ではないでしょうか?

つまり彼は「自己鍛錬のため」「困難を克服して成長したいから」といった”普通の”理屈からではなく、ただ「成功に直結する手段」として、「ほとんど何も考えずに、とりあえず”難しい方の道”を選ぶ」と言っているのです。

彼は「困難さ」が、「成功のための餌」になることを知っているのです。

 

さて、歌の練習に於いても「困難さ」は、「成長のための餌」だと言えます。

私たちは「得意な歌ばかり歌うこと」を意識して避けなければいけません。なぜなら「得意な歌」を歌っている時の私たちの発声器官は、”今使える機能だけを使って”歌っているにすぎないからです。

ボイストレーニングの主な目的は「眠っている機能を起こしてやる」ことなのです。「得意な歌を練習すること」の中には、その効果はありません。どれだけ熱心に長い時間やっても「眠っている機能」に働きかけることはできません。それどころか、それは「機能の偏り」を自ら押し進めていることになり、とても危険なことでもあります。(ヒット曲を歌う有名な歌手の声が、年月とともにどんどん出なくなってくるのは、この”機能の偏り”のためです。)

【練習のヒント】「得意な歌」を”ボイトレの訓練価値”を高めるために使おうとするなら、「声の音質を変えて」歌ってみてください。”太く男性的な歌声”で歌われるべき歌ならば「細く柔らかい歌声で」、また、”地声ばかりで歌われている歌”ならば「裏声ばかりで」。他には「Aメロは太く男性的に」、「サビは柔らかく女性的に」などと、一曲の中で歌声に変化を付ける工夫をして歌ってみてください。※ただし、高い音域を地声のまま歌うことだけは、避けるようにしてください。

私たちは「自分の不得意な歌にこそ、現状を打破するエッセンスが含まれている」と考えるべきなのです。

私は常々「人間の発声器官の知覚というものは、なんと鋭いのだろう」と驚いています。例えば、或る歌を聴いた時、私たちは「この歌は、今の自分に歌い通すことが可能か不可能か」を瞬時に判断することができます。つまり「難しそうな歌だな、自分には無理だな」と、ある程度反射的に感じます。楽譜も見ていない、その歌に必要な声域も確認していないのに、です。私はこれを「私たちの発声器官の知覚が判断して、教えてくれるもの」だと考えています。

私たちの発声器官、つまり「私たちの楽器」は、今耳から聴いている歌が演奏可能か不可能か、私たち以上に知っています。いくら脳が命令を出したとしても「楽器の機能」がそれの実現のためのレベルに達していなければ、それはもうどうしようもないのです。

直感的に「自分には難しそうだな」と感じる歌を歌うためには、「今の楽器の能力」では不足なのです。だから、そういう歌の練習、もしくはそういう歌を歌えるようになるためのボイストレーニングにこそ時間をかけるべきなのです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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