感情的な発声で喉の能力は発揮される ~感情の抑圧=声の抑圧~

声は「感情を宿して」発声しなければいけません。これは声が「感情を伝える道具である」という基本概念の上では最も重要な事です。

そして、歌にも「感情表現」が必要です。

悲しい歌なら「悲しさ」を、楽しい歌なら「楽しさ」を・・・様々な感情表現をメロディーに乗せる事で、歌はより生き生きと聴き手の魂を揺さぶるものとなります。

さて、ボイストレーニングとは純粋に「喉の機能回復」を目的としたものであり、感情表現を含む歌の種々のテクニックは畑違い、「ボーカルトレーニング」の分野であると思われています。

しかし、実際には「感情」と喉の機能とは密接な結びつきがあり、それぞれの相互作用によってしか声の改善はありえません。

今回は「感情と声」について、僕が最近経験した事を踏まえて書いていきたいと思います。

お付き合いください。


定食屋さんでの出来事

僕が先日、ある定食屋さんでお昼ご飯を食べていた時の出来事です。

大学生くらいの新人の女の子が注文を取りにきてくれました。

その人は明らかに緊張している様子で、僕の注文を復唱する時もほとんど聞き取れない声で、僕が「えっ?」と思わず聴き返してしまう程でした。

(胸には「研修中」と書かれた名札がぶら下がっていました)

きっと、一生懸命マニュアル通りに接客しているのでしょうが、残念ながらお客のさんの耳に届くような声は出ていませんでした。

僕は考えました。「この人は元々声の小さい人なんだろうか?声がかなり衰弱しているなあ」と。

日々、色々な場所でボイトレを薦めたくなる人に出会います。もちろんそんなおせっかいな事はしませんが(笑)

僕が食事を終え、会計を済ませて帰ろうとした時、入り口付近でその研修中の人と友達らしき男女二人が会話をしているのが聴こえました。

聴こえてくる会話は「来てくれてありがとう~」のような内容でした。

おそらく、男女2人は研修中の人の友人で、彼女がアルバイトを始めたと聞いて激励を兼ねて食事しに来たのだと思います。

ほんの短い会話だったのですが、研修中の人の声は、注文を取りに来た時の声とはまるで別人の「強い声」だったのです。

 

感情の抑制=声の抑制

上記のエピソード、研修中の人のデフォルトな声は「強い声」だったのです。

僕の「この人は元々声の小さい人なんだろう」という予想は外れました。

この人は、マニュアル通りに注文を取りに来て、つまり「感情を抑圧して」話していたので、声の強さまで消えてしまっていたのです。

きっと、一語一句マニュアルに沿って注文を取る練習を繰り返したのでしょう、そこには「彼女の自然な声、自然な抑揚」というものがまるで失われていました。

一語一句、あまりに細かい部分までマニュアル通りを強要する事は、「接客する」という本意からは道を外しているとさえ感じます。

激励に来てくれた友人たちと挨拶を交わす「彼女本来の強い声」には「自然な抑揚と感情」が宿っていました。

 

「声の強さ」と「感情表現」の相互作用

このエピソードからも分かるように「強い声」は「抑圧された感情」からは決して生まれません。

もし、彼女がマニュアルの内容を自分なりに咀嚼し、彼女自身の言葉でお客さんに語れたのならそこには必ず「感情」が宿り、「彼女本来の強い声」が現れてくるはずです。

これを歌に置き換えるとどうでしょうか?

ただメロディーと歌詞を目で追っただけの歌には感情表現が欠けているので、その人本来の声が現れてくるのを確実に妨げるでしょう。

歌は「先読み」が出来なければ豊かには歌えません。少なくともその歌の「設計図」のようなものが頭の中にあり、常に一歩先の事を瞬時に想像出来て、初めて感情が宿ってきます。この「先読み」も、訓練によってどんどん上手になってきます。

逆に情感たっぷりに心を込めて歌った歌には感情が宿り、決して弱い声にはなりません。

「心を込めて歌うこと」・・・言葉で書くと少々チープで使い古された感じもしますが、このことは現状の喉の機能を最大限に発揮するという意味でも軽視してはいけないのです。

松任谷由実さんのように、ストレートで一見感情が宿っていないように聴こえる個性の歌手もいます。これは「感情が宿っていない」事とは違います。少しややこしい言い方になりますが「”感情を表に出さない”という感情表現」なのです。

「喉頭の高さを調整する」「地声と裏声を繋ぐ」等といった純粋な喉のメカニック的訓練と、「心を込めて歌う」「悲しみを表現する」等の感情的・芸術的訓練を、決して分けて考えてはいけません。

また「感情表現はメカニックが完成してから」と考えてもいけません。

喉のメカニック的な性能が上がってくると、当然細かな芸術的表現もやり易くなってきます。

また、感情的・芸術的訓練は喉のメカニック的な性能を上げてくれます。

「大きな声が出ない」という、とてもシンプルな悩みは「感情的に笑う」事で解決に向かいます。レッスンでは、上っ面の笑いではなく「心から笑う」事で声量を上げる練習もやっていきます。

 

まとめ

ある小さなエピソードから「声と感情」を考えさせられましたが、この事はボイトレする人にとって最も大切な事の一つです。

公園で遊ぶ子供たちの大きな声には、ありったけの感情が宿っています。

だから、彼らは声を枯らさずに、ずっと叫び続ける事が可能です。

また日々の練習においても、喉のメカニックと感情表現は必ず同期させるようにするべきです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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