今回は、このブログでも再三書いてきた「裏声の重要性」について、再び書いてみたいと思います。
というのも、最近「やっぱり裏声は大切だ」と感じたエピソードがあったので、ご紹介もしたいと思います。
「石橋ボイストレーニング教室は裏声の話ばっかりだ!」と言わずに、ぜひお付き合い下さい。
https://ishibashivoice.com/falsettovoice/
どうしても同じ事を何度も書く事になってしまいますが、何度も書いていること程、それだけ私が重要と考えていると思ってくださいませ。
目次
フースラーは「裏声の人」?
私がレッスンの中に取り入れている重要なメニューの一つに「アンザッツトレーニング」があります。
最近、とても広まってきた感のあるこのトレーニングの考案者は、フレデリック・フースラーというスイスの発声学者です。
フースラーについては、こんな話を聞いた事があります。
フースラーやアンザッツというキーワードが今ほど広まっていなかった時代(10年以上前でしょうか)、フースラーの事が話題に出ると「ああ、あの裏声の人ね!」と揶揄されていたそうです。
フースラーが「裏声を軽視していない」事は確かですが、地声系のトレーニングを全く紹介していない訳ではもちろんありませんので、私なんかはちょっと不思議に思います。
アンザッツトレーニングは全部で7種類ですが、「地声系=3」「裏声系=3」「ミックス系=1」という割合なので、少なくともアンザッツに「裏声オンリー」という印象はありません。
確かに当時(10年以上前)は「ミックスボイス全盛時代」のはずなので、「地声」「裏声」を個別に取り出す訓練は少なかったのかもしれません。私も「取り敢えずミックスする」訓練を長く続けていました。当時はその方法に何の疑問も持っていませんでした。
しかし、フースラーメソッドでは「低い裏声の重要性」がことさらに強調されています。
このことからは確かに「フースラー=裏声の人」と言えるのかもしれません。
YUBAメソッドこそ「裏声のメソッド」!
一方、有名なYUBAメソッドはどうでしょうか?
このメソッドは「声区分離(=裏声と地声を完全に分けて発声できるようにする)」の概念を強く意識したものとして、とても「正統派・伝統的」な印象を受けます。
しかし、このメソッドをやった事のある人が(僕も含めて)強烈に印象に残ること、それはやはり「裏声でのホーホー」でしょう!
YUBAメソッドでは「高音発声のために必要な筋肉=輪状甲状筋」を鍛える為に「裏声でホーホー」と発声します。そしてこの「裏声ホーホー」が、このメソッドの骨子であり、とても強い印象を与えます。実はHの子音を付ける事によって無理なく息漏れを誘発したり、サンプル曲の中で、純粋な裏声と純粋な地声を交互に出させて声区分離を促進したり・・・とても巧みに作られているのですが、何しろ「ホーホー」の印象が強烈です!(笑)
私なんかは、このメソッドをやっている時は「今日もホーホーやるぞ!」といった感じでした!
そういう意味では、私にとってのYUBAメソッドのイメージは「裏声のメソッド」です。
この「裏声でホーホー」を「自分の出したい声」とリンクさせてしまうとボイトレの方向性を間違えてしまいます。「ホーホー」は、あくまでも輪状甲状筋(声帯を伸ばす筋肉)の筋トレの為の声に過ぎません。「ボイトレの声」と「歌う声」は必ず分けて考えなければなりません。
音程・ピッチを司るのは「裏声」
音程・ピッチが悪い事に悩む人は本当に多く、「音程の問題」は常にシンガーを悩ませ続けるとも言えます。
この「音程・ピッチ」にとっても一番必要な事は「裏声の強化」です。
裏声が育っていない人は、音程を取りにくいはずです。
もちろん「音程を合わせる」という意識は必要ですが、裏声が育っていないといくら意識しても中々難しいのが実際です。
つまり「音程・ピッチ」を征するのは「裏声」だともいえます。
裏声のみでウォーミングアップしていた先輩シンガー
「裏声を征するものはボイトレを征する」ことを実証する、こんなエピソードをご紹介します。
ある日、いつも私と共演している先輩シンガーが、喉を傷めていました。
話すのも辛そうで、咳も酷く、聞くところによると「喘息を発症した」との事。
普通に考えたら「ちょっと歌うのは難しいでしょう」というレベルで、さすがにその先輩も歌えるかどうか危惧されていました。
その先輩は、普段は現場ではまるでウォーミングアップしない人なのですが、流石にしばらく楽屋に籠って発声練習しているようでした。
私は外からその様子をジッと聴いていました・・・
その先輩は「裏声のみ」でウォーミングアップをしていたのです!
ついに楽屋に籠っている間は、地声は一切出しませんでした・・・
そしてもちろん何の失敗もなく、その先輩は4回のステージを無事歌い終える事が出来ました。
こういう所謂「叩き上げ」の力を持ったシンガーは「裏声の重要性」「裏声だけが歌う事を助けてくれる」事を身をもって知っています。
その日の先輩シンガーは、正に「裏声でもって、その日の不調を克服した」事になります。
一般的に、裏声は地声よりもずっと高い音域にありますが、実はこの裏声は地声の相当低い音域まで下げてくることができます。つまり裏声は、普通に考えられているよりもずっと低い音程でも発声が可能です。
その音質に惑わされてはいけません
「裏声」と聞いて、どんな声を連想されるでしょうか?
おそらく「ママさんコーラスのような声」「男性が女性の声を真似た時に出す声」・・・といったところでしょうか。
確かに歌の中で裏声を使おうとすると、場面が限定されるとは思います。
時々「俺は裏声なんか使わん!高音も地声で出すんや!」という貴兄もおられますが、それは生理的には不可能な事であり、そんな事にファイトを燃やすべきでは決してありません。
裏声のトーンが好きであろうが嫌いであろうが、ボイトレ学習者は「裏声と仲良くならなければいけない」のです。
ボイストレーニングは「難しい歌でも500回繰り返し練習すれば歌えるようになる」とか、そういった思考では必ず失敗します。つまり、出せる声・歌える歌には成長の材料はもはや残っていません。出した事のない声、普段出さない声の中にこそボイトレ成功への要素が詰まっています。この原則は「奇声を発する事で声を育てる」という考え方にも直結します。
裏声の本当の役割とは?
裏声の役割のイメージとしては「地声を強力にサポートする」と考えて下さい。
地声で強く歌う事、ミックスボイスの音域を歌う事、高音を力強く歌う事・・・全ての基礎となるのは「裏声の強さ」と「裏声の音域の広さ」です。
つまり、裏声を強く広くすることはボイトレ成功の根幹となります。
地声を張り上げて歌うと、すぐに声を枯らす人と全然大丈夫な人がいます。この差は「裏声のサポート力の差」によるところも大きいです。裏声の機能が育っている人は普段の話し声にさえ、裏声のサポートの影響が音色として現れている場合があります。
低い裏声こそ重要!
声の自在性・スタミナにおいて重要なのは「いかに低い音域まで裏声が出せるか」です。
レッスンでは裏声を半音でも低くするためのトレーニングを行ないます。
「低い裏声」は実際の歌には使わないので、何も勉強しないまま声を鍛えようとすると「高い裏声」ばかり練習しがちになり、「低い裏声」は盲点となります。
私は、仲間のボーカリスト達に「勉強の為に声を聴かせてください!」とお願いする事があります。そして、低い裏声を出してもらうと「この人は喉のスタミナがあるなあ」と感じている人は必ず100%裏声の音域が低い方へ広く伸びています。つまり裏声がどこまで低く出せるか?が、疲れずに歌い続けられるか?という事に直結します。
地声で充分に歌える音域の歌をあえて裏声で歌う事は、とても良いトレーニングになります。
初心者ほど裏声をたくさん練習するべきです!
裏声は練習すればするほど、強く声量豊かに育ってきます。
そして低く下降させる事で、段々と(本当にゆっくりと、半音ずつ)低い方へ音域が広がっていきます。
地声を強く出し続けると喉を傷める可能性がありますが、裏声はたくさん練習しても喉にダメージを与えません。
喉が疲れている時は、裏声のトレーニングだけをやっても良いかもしれません。
また、ライブや発表会の直前のウォーミングアップは裏声中心に行なうべきです。
私自身、ライブ前のウォーミングアップは「裏声が地声をサポートできる状態」「裏声>地声のバランス」になった時に完了としています。ウォーミングアップ後の僕の声は「ヘリウムガスを吸ったみたい」だと言った人がいます。「裏声優勢の声」はそのような印象に聴こえるようです。
まとめ
裏声は音色が好きとか嫌いとか、そういう問題ではなく、ボイストレーニングにおいては、裏声ほど重要なアイテムはありません。
そして、意外にも重要なのは「低い裏声」です。
※ボーカリスト仲間に行なった私の実験でも「裏声の低さ=声のスタミナ」である事は証明されています。
裏声は喉に与えるダメージも少ないので、たくさん練習するべきであり、ウォーミングアップは裏声だけでやってしまっても良い時もあります。
私たちは裏声と仲良くなり、手を取り合って前進してゆかねばなりません!
きっと、悪い事は起こらないはずです。
以上、ご精読ありがとうございました。