「好きなこと」には素質がある ~あなたにはボイトレの素質があります

誰にも好きなことはあるだろう。やっていて飽きないことがあるだろう。
だからお父さんは言うんだよ。何でも好きなことをしなさいって。好きなことには、きみたちの素質があるからなんだ。 衣笠祥雄

これは、先日亡くなられた元プロ野球選手・衣笠祥雄さんの言葉です。

想像するに野球教室に来ていた少年に向けて仰られた言葉でしょうか、優しさに溢れている上に希望に満ちた素晴らしい名言です。

ところで、好きな事・やっていて飽きないことの定義とは何でしょうか?

野球の試合に出てホームランを打つ・会社を経営して社会の役に立つ・大きなステージで歌いたくさんのお客さんを楽しませる。

こんな事は楽しいに決まっていますし、やっていて飽きないでしょう。

どれもが派手で華々しい、そのジャンルのいわば「究極の結果」なのですから。

 

例えば、神様が現れて、こう言いました。

明日から阪神タイガースの4番バッターとして試合に出てみないか?もちろんそれに見合う体力と技術を今すぐお前に授けよう!

僕は二つ返事でOKしますよ!

 

では、こう言われたらどうしましょう?

明日から阪神タイガースの練習に参加してよい。良いコーチが君を教えてくれる。グランドはいつ使ってもよいから、好きな時に練習せよ!

・・・僕は断ります。

練習していて飽きない事には、間違いなく素質があります

僕は、衣笠さんの言葉の真意はこういうことだと思います。

誰にも好きなことはあるだろう。練習していても飽きないことがあるだろう。
だからお父さんは言うんだよ。何でも好きなことをしなさいって。練習していても飽きないことにはきみたちの素質があるからなんだ。

逆に言うと「野球は好きだけれど、練習を毎日続けれられない」人は、野球を好きでも何でもないんだ、素質がないんだ、と言っているようにも思えます。

手前味噌ながら、僕にとってのボイストレーニングは「練習していても飽きない」唯一の事です。

僕には、少なくとも(”歌手として”という意味ではなく)ボイストレーニング学習者としては素質があるようです。(笑)

僕の演奏仲間で、いつも出演前にゴムパッドを叩いてドラムの練習をしている人がいます。僕は一度「よく飽きずにずっと叩いていられるねえ」と声をかけると「あなたこそ、よく飽きずにずっと発声練習していられるねえ」という答えが返ってきました。「好きな事」というのは他人から見たら「飽きもせずよく続くねえ」と映るようです。

衣笠さんには「水は岩をも砕く」というタイトルの著書があります。この意味は読んで字のごとくです。もちろん「水」は僅かな力、「岩」は屈強な物の例えですが、僕たちは、この「水」の質を変えていく努力は必要です。「岩」を合理的に砕いてくれる「鋭い水」にする、つまり合理的な練習をしていく・練習の質を上げていく努力・工夫は必要だと思います。

ボイトレ学習者は皆、歌の素質があります

「ボイストレーニングをやっている」というと、他人はどう感じるでしょうか?

「わざわざ習わないといけないもんかねえ」「一緒にカラオケ行ったけど、歌上手かったやん!習わんでも大丈夫やで!」「今から歌手目指すわけでもないのに大変やなあ」

こんな風に言われたりすることもあるようです。

レッスンに通う・ボイトレ本を買ってきて自習する・・・ボイトレするにも色々な方法がありますが、とにかく行動を起こして毎日練習している人は、興味のない他人からみたら、それこそ「飽きもせずよく続くねえ」ではないでしょうか?

自分の声に悩む→改善するための情報を得る→ボイトレ本を買う→トレーナーを探す・・・

ボイトレ学習者は、こんな面倒な手順を踏んでいます。

そして、家でやっている練習といえば、家族や他人からみたら「普通の事」ではありません。(仮に音階練習をやっていたとしても、それは興味のない人からみたら”奇声”に等しいです)

つまり、毎日少しでも自分の声について考えている人・少しでも練習を続けられている人・レッスンに通い続けられている人、皆さん間違いなく「声を育てる素質」があります!

一生懸命やればやるほど「才能ないのかなあ」とか「これ以上成長しないかも」とか、自虐的な人なら「私、ボイトレに向いてないんじゃないか」と考える事もあるとは思います。

その時は、是非こう考えてください!

わざわざ情報を探して、ボイトレ本を買って(レッスンを受けて)、毎日少しづつでも練習してるんやから、私には「声を育てる素質」があるんや!

 

そして、このブログを最後まで読んでくれた皆さんなら尚更「声を育てる素質」に満ち溢れていますよ!

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