初めての弾き語りライブ。モニター音量の適量は経験によって変わってくる

僕は少し料理をたしなみます。食べる方はもちろんのこと、作る方も嫌いではありません。

近頃は便利になりました。スマホさえあればどんな料理のレシピも即座に調べることができます。しかも一般の主婦の人が紹介するレシピは極めて現実的なものなので助かります。一昔前、分厚い料理本を買ってきてビーフシチューを作ろうと思ったら、両手で足りないくらいの材料やらハーブやらスパイスやらを山のように揃えなければなりませんでしたので・・・

それから、最近は料理は”下ごしらえ”というか”仕込み”が大切だと切に学びました。サバの煮つけに何度か挑戦したのですが、どうにも生臭くていけません。調べると、煮付ける前に熱湯をかけて臭みを取ると良いそうです。

このあたりの”仕込みの大切さ”は、ライブも同じことですね。「ボーカリストはライブでは感情の赴くままに歌わなければならない」・・・確かにそうでしょう。抑圧されすぎた歌はお客さんに感動を与えないかもしれません。けれど、それは充分な”仕込み”があってこそのことです。喉は不自由、メロディーもおぼつかない、おまけに歌詞もあやふや・・・これでは「感情の赴くままに歌う」ことなど出来るはずがありません。

シンプルに「ライブの出来の9割は”仕込み”で決まる」と僕は考えています。

さて、再び料理の話に戻りますが、時々レシピに「塩=適量」「砂糖=適量」などと書かれていることがあります。これには僕は困ってしまいます。”適量”とはあくまでも料理に慣れた人のための表記であると僕は思います。”適量”の範囲が皆目見当もつかない時があります。何しろ実際は「塩ひとつまみの加減が料理の仕上がりを決めてしまう」ことがあり得るようなので・・・

さて、先日こんな質問を受けました。

「初めて弾き語りのライブに出演するのですが、自分の声を聴くための”モニター”のバランスはどうすれば良いですか?」

つまり、自分の声をたくさん聴くべきかどうか?について悩んでいるようです。

この質問に対する答えは、冒頭の料理の話題ではありませんがズバリ「適量」ということになります。それではあまりに無責任なので、僕の経験に基づいてモニター音量について色々と書いてみたいと思います。

大きすぎるモニター=歌がフラットする可能性があります。

僕はかつて、とても大きなモニター音量の中で歌っていました。つまり自分の声をいつもたくさん聴きすぎていたのです。

モニターの音量については一種の”中毒性”のようなものがあり、一度音量を上げてしまうと中々下げることが出来なくなってしまいます。いつも自分の声を潤沢に聴きながら歌わないと不安になり、しかもその音量は日に日に増していくものです。

自分の声に埋もれた環境で歌うと、歌はフラットする傾向にあります。

自分の声をたっぷり聴きながら歌うと確かに心地よいとは思いますが、あまり長く続けると伴奏を聴いて自分の声との音程感覚を掴むことが出来なくなります。

 

小さすぎるモニター=声を張り上げる可能性があります。

反対に、ほとんど自分の声が聴こえない状態で歌うと、必要以上に”声を張り上げる”ことに繋がる可能性があります。

自分の声が聴こえず音程が合っているか不安になり、自動的に声が大きくなってしまう・・・こうなると声は崩壊に向かい、あらゆる音程に”裂け目”が生まれ、掠れたり裏返ったりするでしょう。張り上げると決まって声はコントロールを失い、普段は出来ている簡単なテクニックさえままならなくなってしまいます。

 

初心者のモニターは少し大きめ、慣れたら徐々に小さくしていく

ライブで声を張り上げてしまい、普段やれていることが全く出来ない・・・これは避けるべきです。

なので、今回の質問のように”初めてのライブ”だというのなら、少し大きめのモニター音量でも良いと思います。何しろ緊張や不安が押し寄せてくることと思います。マイクを通した自分の声に、良い意味で”少し酔う”という状態を作ってはどうでしょうか?普段の練習では味わえない心地よいリバーブ感・・・マイクに乗った自分の声を聴くことは気持ちが良いものです。

そして、何度か場数を踏んでライブにも慣れてきたら、徐々にモニターの音量を下げていくと良いでしょう。そして”喉の感覚”だけで音程や音色を見極められるような”心の目”を養う訓練をするべきだと思います。

結局はモニターの音量にも、キャリアに応じた「適量」があるというところでしょうか。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

PAGE TOP