【フースラーの言葉】喉は刺激を喜ぶから、新しい練習は上手くいく。しかし効果は長続きしない

ボイトレを熱心にやれる人=自分の声を変えたいと真摯に願う人が陥りやすいのが「メソッドを渡り歩くこと」です。

昨今は情報が溢れている時代です。あの練習が良い!と聞けばそっちへ走り、この練習は即効性がある!とみれば今度はそっちへ・・・効果を急ぐあまり、つい目移りしてしまう人も多いのではないでしょうか?

僕自身もそんな時期がありました。「声を変える!」という信念を貫くために、ネット上のあまりにも多すぎる情報が時には足かせとなってしまいます。本屋さんや図書館で調べたり、人から教えてもらったりすることぐらいでしか新しい情報を得る事が出来なかった時代の方が、良い意味の「盲信」でボイトレに取り組めたのかもしれません。(もちろんその練習方法・メソッドが正しければ、ですが)

僕は、そんな時期の自分のことを「ボイトレ難民」と自嘲していました。自分のやっている練習に100%の確信が持てず、ネット上をうろついては、良いといわれるメソッドや練習方法を渡り歩いていました。

さて、先日フレデリックフースラー著「うたうこと」を読んでいて、僕自身を含む上記のような「ボイトレ難民」たちにとって”思い当たる”一文を見つけました。

今回は、そんなフースラーの言葉を元に書き進めていきたいと思います。

お付き合いください。


「練習方法を変える」ことについてのフースラーの言葉

(発声器官は)いつも絶えず新しい刺激を必要とする。それだからこそ、声楽生徒が教師を変えた場合、たとえその新しい流派で最もくだらない方式がとられているとしても、ほとんど常にまず最初には何か得るところがある、ということの理由が理解されるのである。もちろんこのような教師の変更は、ただひとつの刺激という意味しかない。だからそうして得たものが決して長続きしないのは当然である。

上記のフースラーの言葉(この本は全編を通して、このような文体でかかれているので少々読み辛いです)を簡単に言い換えると下記のような意味でしょうか?

喉は刺激を喜ぶので、練習方法やメソッドを変えたなら、たとえそれが出鱈目なものであっても最初は上手くいくことが多い。それは喉が喜ぶ”新しい刺激”なのだから。ただし、この上手くいっていることの理由は”刺激”でしかないので、結局はまた喉は元の状態に戻ってしまう。

僕はこの一文を読んだ時「ボイトレ難民」時代の自分を思い起こして、「まさにその通りだった!」と強く納得しました!

ひょっとすると、この記事を読んでくれているあなたもそうだったのではないでしょうか?

 

新しい練習は、最初は不思議なくらい効果があります

僕自身の経験から、まさに「喉は刺激を喜ぶ」と感じます。それくらい新しい練習をやると声が出しやすくなっていました。

ミックスボイスをエッジ(ザラザラした声)で繋ぐ」「お腹にベルトをきつく巻き付けて歌う」「強い息で声を押し上げる」「鼻腔共鳴を強く意識する」・・・試した直後はどれも本当に効果があるように感じられます。目の前の視界がパーッと開ける!という表現すら大げさではないほどにです。

僕は新しい試みをライブですぐに試していましたが、本当に数回は嬉しくなるほど上手く声が出せます。そしてその度ごとに「これだ!やっとたどり着いた!」と歓喜します。きっと周りの人は「また何か新しいこと始めたんだな」と思っていたことでしょう。

 

残念ながら、すぐに元の木阿弥です

しかし、その新しい練習(新しい発声)も長続きはしません。一週間もすれば、本当に坂を転がり落ちるように上手くいかなくなってしまいます。

僕自身、そんな経験を何度も味わっています。

以前より悪くなっていることもザラにありました

例えば「お腹にベルトをきつく巻き付けて歌う」という方法で歌っていた時のことです。この方法をやり始めた時は声がパワフルになり、高音もある程度出せて声量も増します。途端に「よし!いけるぞ!」となるわけです。

しかし、ご存知の通りこの方法は「過剰な呼気圧迫」を自ら進んで作りだしているようなものです。当然、間もなく喉に疲労が貯まり思うように声が出せなくなります。さらに困ったことに「過剰な呼気圧迫」の悪癖だけはしっかりと僕の体に染み込んでしまいます。

結局、後に残ったのは「過剰な呼気圧迫の悪癖」だけであり、「お腹にベルトをきつく巻き付けて歌う」は、やらなかった方が”マシ”だったことになります。

呼気圧迫で声を出す歌い方は、ある意味「爽快さ」を感じることもあるので特に注意が必要です。ずっとお腹に力を入れて、大きな声を張り上げて歌う訳ですから・・・声にパワーが増したような気分になります。ただしそれは完全な「錯覚」です。本当の声量・声のパワーは「お腹にベルトをきつく巻き付けて歌う」ことからは決して生まれません。

 

「ある程度の時間がかかる」ボイトレの前提です

上で書いてきたことでは、ボイトレの前提である肝心なことを忘れています。

それは「ボイトレには時間がかかる」という事実です。このことを理解してさえいれば、少なくとも「ボイトレ難民」となってネット上の情報の中を徘徊するようなことにはならないと思います。

信頼できる根拠を持ったメソッドに基づいた練習を半年~年単位で継続することでしか、声を変えることは出来ません。ボイトレは”コツ”を掴むようなものではなく、根本的な喉の機能そのものを変えていく作業だからです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

様々な情報が(真偽を問わず)錯綜している世の中です。”コツ”に頼らず、根本的な喉の機能を復活させる真のボイトレに邁進したいものです。

また冒頭のフースラーの言葉のように「新しい刺激」によって、新しい練習がほんの束の間、上手くいくことがあることも事実です。

余計な回り道しないためにも、今回取り上げたフースラーの言葉はとても重いものだと思います。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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