もしも初めからフースラーメソードに出会っていたなら・・・回り道してよかったと思う。やってはいけないボイトレを知ることができ、嗅ぎ分ける能力が身につきました。

レッスンの合間や終了後に一息つきながら、僕と生徒さんは雑談を交わします。当たり前のことですね!ボイトレレッスンを受ける人と提供する人・・・それ以前に人間同士なのですから、1コマ50分という短い時間とはいえ雑談なしでは息が詰まってきます。僕が雑談の中から仕入れる生徒さんの情報、またはその逆・・・今後のレッスンの指針にも影響を与えることは言うまでもありません。

毎日残業で帰宅が夜の10時という人のための練習内容と、比較的時間に余裕のある学生さんが行なう練習では、その中身は違うものになって当然です。僕は生徒さんの生活習慣を知ることはとても大切であると考えています。ボイトレの進捗を決めるのは自主練習の頻度と質なので、その人の生活スタイルの中で可能な、そして有意義な自主練習課題を提供することが僕たちトレーナーの最重要のお仕事であると思います。

さて先日、ある生徒さんとの雑談の中でこんな質問が出ました。

「もし先生がボイトレの最初期からフースラーメソードをやっていたなら、今頃はどうなっていたのでしょうか?」

うん、これはちょっと面白い考察になりそうです。

今回はそんなテーマで書き進めてみたいと思います。

 

”理論的には”、僕の声はほぼ完全に開放されているはずです

正しいボイトレ方法を選択し、正しく毎日精進しても、声の解放には”6~10年”の年月が必要だと言われています。これはただ単に”言われている”といった憶測的なニュアンスではなく、17世紀のボイトレ現場で既に確認されている”事実”だと考えた方が良いようです。実際、僕自身もこの”6~10年”という期間はまさに適正なものだろうな、という実感を得ています。ボイトレを始めた当初は「僕はこれまでも充分に歌ってきたんや!6年もかかるもんか!」という希望的な推測も持っていましたが、練習を重ねてライブに出演して失敗して・・・を繰り返しているうちに、むしろ「やっぱり6年では無理かも、10年はかかるだろう」という実感に変化してきています。この記事を書いている2019年6月の時点で僕はフースラーメソードのトレーニングに2年半以上を費やしていますので、あと3年強では自分の声がどうにもならないことをはっきりと理解出来ています。

ところで、僕が最初にボイトレというものに出会ったのは2010年頃なので、その頃にフースラーメソードに出会い、正しくボイトレをしていたなら、もうすぐ10年ということになります。つまり”声の解放”に向かって、今は仕上げをやっているという段階でしょう。普通に練習を続けられていれば、声は相当な自由度を獲得しているはずです。

 

けれど、色々な邪魔が入るでしょう。ボイトレ道は平坦ではないはずです

ただ、以降の10年間、何の邪魔も入らず声の解放に向かって邁進出来ているとは思いません。

特に昨今のようにスマホ一つで多くの情報が手に入る時代、生来の”せっかち”である僕は良からぬキーワードでネット上を徘徊している可能性があります。

ボイトレにとって良からぬキーワード、例えば「高音発声の”コツ”」といった言葉に惑わされると、全ては水泡に帰すことでしょう。

コツ・・・誰でもすぐに・・・新発見のボイトレ法・・・こういった魅惑のキーワードを瞬時にして表示することのできるスマホの存在は「正しい方法を信じて妄信する」ことの大きな障壁になるでしょう。

上手く歌えなかったライブが終わり、絶望の中、藁にもすがる思いでスマホを手に取る・・・その行動は、声の解放から遠ざかることです。

 

失敗から学ぶ、やってはいけないことを知ることはとても大切です

僕はボイトレ初期の段階で色々な失敗をして、間違った練習をたくさん試してきました。随分長くかかってしまいましたが、その結果正しい方法へと到達することができました。

”失敗から学ぶ”・・・とてもチープな言葉ですが、僕のボイトレ道にはピッタリの言葉だと自負しています。たくさん失敗してきたおかげで、絶対にやってはいけないことを知る事ができました。

また「このボイトレはちょっと危険だな」と、嗅ぎ分ける能力も身に付いたと思います。

 

結論!回り道して良かったと思います。またそう思えるように精進するべきです

決して痩せ我慢や強がりではありませんが、僕は回り道して良かったと思っています。むしろ最初からフースラーメソードをやっていたなら、自分の見識の甘さからこのメソードの本意を汲み取れず「また失敗か!」と、ダメだった他のボイトレと一緒くたにしてどこかの隅の方へと追いやって顧みなかったことでしょう。これは取り返しのつかない損失です。

そして将来「回り道したから今の僕があるのだ」と、自信をもって語れるように日々の精進を怠らないようにしたいと思っています。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

PAGE TOP