「追いかけても追いかけても縮まらない」理想の声とのギャップ、ますます感じる歌の難しさ

ステージで歌っていると、時々「ああ、何年か前の自分ならば万々歳の出来だろうな」と思える時があります。

でも録音を繰り返し聴くうちに粗ばかりが目立ってきます。

まあ、僕も毎日トレーニングして、ステージで毎晩のように歌って、生徒さんにレッスンしたりして、一日のかなりの時間を自分の声と向き合って暮らしているので、多少は上手くなっていないと困ります!

何を学ぼうとも同じ事が言えますが、問題を克服すると必ず新たな問題が噴出してきます。

今までは考えもしなかった問題が次から次へと尽きることなく・・・

新しい問題の噴出は、自分の成長の裏返しであることは承知ですが、そのたびに理想の声・歌との距離は「追いかけても追いかけても縮まらない」と感じます。

理解を深める→難しさが分かってくる

最近、僕が今までレコードやCDで愛聴してきた歌手の歌は、今の自分からは考えられないようなレベルの歌唱であったことに気付き・愕然とします。

今のように声について深く勉強していなかった時には、恐れ多くも「まあまあの歌手やな」とか「いつかは僕にも歌える歌だな」と感じていた事が、実は全くの戯言であったことを恥ずかしく思い、その歌手が信じられないくらい高度な喉の機能・倍音・音程調節・響き・母音の美しさ等を伴っていることを今更ながらに理解します。

こういう所謂「身の程知らず」な感覚は、その分野を知れば知るほど少なくなっていくものです。

野球を知らない僕より、ずっと野球に精進してきた人の方がイチローの凄さをより強く理解できるのでしょう。

だから、歌に関わらず、録音を聴いたりライブを観たりして「まあまあ良い演奏だな・良い歌だな」と感じさせてくれる人は実は「文句なく上手い!」んですね!

そして、録音やライブで「凄い!僕もあんな風に歌いたい」と感動させてくれる人は「神に近い」領域なのです!

僕自身、勉強すればするほど己を知るといいましょうか、つまり現状の身の丈にあった考えを持つようにはなりました!


目標設定を高く

具体的に歌に関して、最近特に難しいなと感じることは「フレーズ全体を整った響き・整合性のある豊かさで歌う」という事です。

一音一音が心地よく響いているという「縦割りの要素」の集合として「スムーズに流れるフレーズ」が生まれます。

なので、歌の構成要素として最小の単位である「一音の響き・美しさ・必然性」を求めていく事の大切さをひしひしと感じます。

「たった一音くらい」と思ってはいけないんですね。この「一音」を蔑ろにすると全ての整合性が崩れる元凶を作ってしまいます。

それでなくても「歌うこと」にはいくつもの言い訳・妥協を挟む余地があります。

「一音一音の粒立ちよりフレーズ全体の流れの方が大事なんや!」「感情表現が豊かであればそんな細かい問題は二の次や!」。

下手をすると「これは俺の個性や!一音一音よりも歌全体のユニークさで勝負するんや!」なんて事になりかねません。

プロ野球のあるピッチャー(名前は失念いたしました)が言っていました。

「マウンドにあがる日はまず完全試合を目指す。それがダメならノーヒットノーランを。そのうち完封試合~完投試合~・・・段々と目標が下がってくる・・・。仕方がないから最後には、とにかくチームが勝てばいいや!と、こうなる。そして次の日からまた毎日練習して、次の登板日にはまた完全試合を目指してマウンドに上がるんや」

歌も同じような考えで歌うべきだと思います。

「まずは、一曲まるまる全部の音を充実させる事を目標に。それがダメならフレーズレベルで整った状態を目指す。それも無理ならせめて歌全体を通して感動的なフレーズが一つでもあるように。それも叶わないなら、最後は飛び跳ねてでも、観てる人を楽しませよう!」

最後は半分冗談ですが、こんな感じでしょうか。

絶対に「響きが多少凸凹していても、聴いている人が楽しんで、自分も楽しければそれでいい」というところに目標を設定するべきではないんです。

毎度毎度「完全試合を目指さないとダメなんです」

人間皆、常に目標の少し下の事しか達成できないのかもしれませんから。

「勝てばいいや!」では「時には負けます」

完全試合を目指して精進し続ければ、どう転んでも負けない試合は作れるようになるでしょう。

成長する=現実を知る

思い起こしてみると、昔は僕も、全ての音をちゃんと歌えている気になっていました。

そして勉強すればするほど、そんな事は今の自分にはとても無理だ!と感じてがっかりします。

でも言い換えれば、それだけ声の世界・歌の世界に僕は深く関わり始めたのかな、とも思います。

野球に例えると、やっとイチローの凄さに気付いたのかもしれませんね。

知れば知るほど、その世界の凄さ・怖さに気付くというのは、ジャンルを問わず当たり前の事なのでしょう。

だから、一生懸命に理想を求め続ける人にとって、いつも理想は遠いものなのかもしれません。

「ますます声・歌の難しさに気付いた」なら、それだけこの世界の内側深くに入っていけた、という事なのでしょう。

理想の声とのギャップはこれからもずっと「追いかけても追いかけても縮まらない」のでしょうね。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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