【フースラーの言葉】声が自由になると自動的に歌は上手くなる、喉を傷つけることさえ難しくなる

僕が大学生の頃に通った中華料理屋さんがあり、今でも時々そこの味が懐かしくなり足を運んでいます。甘辛く味付けして照り焼きにした豚肉が、大盛りのご飯の上に乗るオリジナルの豚丼が名物のお店です。

僕はその丼を何度も食べるうちに「自分でも作れるのではないか?」と考え、何度か家で作ってみたことがありますが、やっぱり”あの味”にはなりません・・・「この味付けは醤油と砂糖とみりんかな?」と色々想像しながらやってみるのですが、やっぱり上手くいきません。「ちょっと辛いかな?甘いかな?」と色々な調味料を加えていくうちにどんどん理想から離れていって、最後は似ても似つかぬ味になってしまいます。

まあ、当たり前のことですね!僕のような料理の素人がそんなに簡単に真似できるようなものではないはずです。相手はこの道何十年のプロなんですから!店主のおじさんが聞いたらきっと怒るでしょうね。「簡単なようで難しいんだよ!そんなに甘いもんじゃないよ!」って!

さて、ボイストレーナーである僕は「歌声のプロ」ということになります。もし”この中華料理屋さんのお客としての僕”のように、簡単な練習で声を劇的に変えられると考える人がいたら、やっぱり「簡単なようで難しいんだよ!そんなに甘いもんじゃないよ!」と言うと思います。

さて、上に書いた中華料理店のご主人と僕との”仕事の性質の違い”・・・ご主人は、これからもずっと「誰にも真似できない」「お客さんが家で作ろうと思ってもできない」そんなオリジナル豚丼を作り続けることが仕事ですが、僕の場合は生徒さんが「僕と同じように発声できる」いや「僕以上の声を出せる」ことを目指して仕事をしなければなりません!

僕は生徒さんには「上手く歌う事」「声を自由にすること」に関して、いつでも”夢と希望を持って”練習できることがとても大切だと考えています。「歌う事は簡単なことじゃないけれど、誰でも平等に叶う”可能性は”あるのですよ」と・・・

ということで、今回はフレデリック・フースラーによる”夢と希望に満ちた”言葉を引用したいと思います。

統一体として完全に機能している発声器官の音色の効果は、例外なく美しい声である。その上理想的に、歌う上に必要なすべてのよい性質が、自動的にそなわっている。

 

ボイトレによって美しい声は「例外なく」手に入る

ボイトレとは発声器官を正しく機能させるために行なうものなので、上の引用文は「ボイトレによって完成した喉から出てくる声は”美しい声”である」と書かれていることになります。

そして、この一文でもうひとつ注目したいのは「例外なく」という部分です。”美しい声”は誰にでも到達可能だということ、つまり声の美しさは”才能ではない”のです。

「誰でも上達する!」・・・煽り文句や誇大広告っぽい言い回しですが、ことボイトレに関しては”真実”です。

 

美しい声には、歌に必要な「音楽的表現」も備わる

さらに「歌う上に必要なすべてのよい性質が、自動的にそなわっている」と続きます。

”完全に機能している”喉から発せられた声は「自由自在に思うままの感情表現が可能だ」ということになります。

「歌う上に必要なすべてのよい性質」の例として挙げられているのは「声区が融け合わされる」「声は支えられ、息にのる」「喉がひらく」「表現にあふれている」「柔軟性がある」「簡単なフレージング」などです。フースラーは、美しい声にはこういったことが”自動的にそなわっている”と書いているのです。

 

自由自在なフェイクができるようになる

上記引用文の後には(正しく機能している喉は)「一種のインスピレーションのひらめきをもつようになる」とも書かれています!

歌の中で働くインスピレーションとは?・・・フレーズの流れの調節、音の強弱、リズムを意図的に揺らすこと・・・色々ありますが、分かりやすい例として「フェイク」は正に”インスピレーション”の最たるものではないでしょうか?(フェイクとは歌の最後の部分などで実際とは少し違うメロディーを歌ったり、ロングトーンで伸ばしたりする、アドリブ風の処理のことです)

「かっこいいフェイクはどうやるのですか?」と質問されたことがあります。フェイクは正に”ひらめき”なのですが、いくら”ひらめいた”としても、そのひらめきを音に変えることができないとどうしようもありません。「かっこいいフェイク」は機能回復が進んだ喉からしか生まれてこないでしょう。

 

ボイトレが進むと喉を傷つけることさえ不可能になる

さらにフースラーは「喉が完全に機能する状態になると、全ての動きが自由になるので、喉を傷つけることは不可能になる」とも書いています。

僕は自分自身の経験からこのことがよく理解できます。あんなに痛みやすかった僕の喉は、本当に頑丈になりました!ハードな曲を続けて歌っても、連日でライブに出演しても、レッスンでたくさん声を出しても、ほとんど無傷で翌朝を迎えられています。正に「傷つけようとしても傷つかない」状態に近づいていると実感します。

もちろん、僕の喉はまだまだ「完全に機能している」わけではありませんが、これからの更なる機能回復を想像すると・・・今後も楽しんでボイトレを続けられそうです!

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回の記事は、ボイトレ学習者にとっては”夢と希望に満ちた”引用だったと思います。

僕自身も、この記事で引用したフースラーの言葉を少しずつですが実感として感じられるようになってきています。

「ほんまかいな?」と考えているあなたも、これから数年間正しくボイトレを続けたなら「ああ、フースラーの書いている通りかもな!」と実感する時が、きっとくるはずです!

お互い頑張ってまいりましょう!

 

以上、ご精読ありがとうござました。

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