一聴すると悪い声、実は良い声 ~ひっくり返る、裏返る、ダミ声・歪み声~

レッスンで生徒さんが言いました。

「高い裏声を出していたら時々すっぽ抜けてひっくり返ってしまうんです!今まではこんなことなかったのに、やっぱり疲れていて調子悪いんでしょうか?」

僕は「それは、あなたの声の成長の現れであり、声が大きく変わろうとしているんですよ!練習を続けていて良かったですね!」と答えました。

ボイトレレッスンの現場ではよくこんなやり取りが聞かれます。

話し声がかすれたり、声が真っ二つに分かれて出てきてしまったりとかの病的な状態でない限りは、出した事のない声が出た時は、意外にも「新しい能力の現れ」である事が多いです。

また、狭い美意識の中であったり社会的にマナーに反するような声は、無意識に「悪い声」として封印している可能性もあります。

でも実は、そんな声の中にこそ可能性を広げてくれる大切な要素がタップリと詰まっています。

今回は、そんな「一聴すると悪い声、実は良い声」の例をいくつか書いてみたいと思います。

どうぞお付き合いください。


こんな声が出た!喜ぶべきですよ

高い裏声がひっくり返る

冒頭で書いたように、これは大変喜ぶべき現象です。

ひっくり返ってすっぽ抜けた細く高い裏声は「フラジオレット」と呼ばれるとても大切な、価値の高い声です。

この声は、歌で使われる場合は「ホイッスルボイス」と言われますが、ここではボイストレーニング目線での「訓練としての価値」が高いという意味で「喜ぶべき」です。

フラジオレットは裏声を柔軟にしてくれますので、間接的に地声も含めた声全体の自由度を上げてくれます。

このフラジオレット、最初は偶然現れる場合が多いと思いますが、ぜひ色々工夫していつでも再現できるようにしたいものです。

コツとしては「上あごに空気を集めて細く削るように」などと言われますが、ニュアンス的なものなので分かりにくいかもしれません。

口の上の方で何か操作をする事は間違いないと思いますが、僕の経験上たくさん歌った後は出しにくくなるので、一日の内でまだ声をあまり出していない時間に練習する方が良いと思います。

声が裏返る

カラオケやライブなどで忌み嫌われる「声が裏返る」症状。

もちろん、いつまでも声が裏返ってしまう訳にはいきませんが、ボイトレを始めようというトレーニングの初期ではむしろ都合の良い状態だといえます。

特に声の大きい男性に多いのですが、声が頻繁に裏返る人は少なくとも「地声と裏声の存在が明らか」であるとも言えます。

原因は、その二つの声の橋渡しがスムーズに出来ず、急激に入れ替わってしまっているだけです。

地声と裏声の「分離」「確立」「融合」というボイトレの基本プロセスから考えるとまさに「分離」の状態に足を踏み入れているので、レッスンの展望としてもとても分かり易く希望が持て、先のビジョンもより具体的に描く事ができます。

 

あんな声で話していて・歌っていて大丈夫?

ダミ声・歪み声

歪んだ声で歌う歌手、ダミ声でずっと会話できる人、少し濁った声で長時間読経できるお坊さん・・・

こういった人たちの声は、「クリアーな声=健康的な声」という現代の発声の狭いマナーの中にあっては「不健康な声」と思われがちですが、実は極めて健康的な発声です。

簡単にいうと「喉の節水弁」のような役割を持つ「仮声帯」が揺れる事による歪みが声に現れている状態です。

つまり、「仮声帯が働いている=不必要な多くの呼気を通している可能性は無い」という事になるので、呼気による声帯のダメージは最小限だと推測できます。

むしろクリアーで太く、全く歪みの無い声が大音量で出ている方が「仮声帯を吹き飛ばすほどの大量の呼気を通してしまっている状態」である可能性があり、そうであれば声帯は絶えず痛めつけられていると推測できます。

さて、ロッドスチュワートやジャニスジョプリンは、その独特の「歪み声」で人気の歌手でした。

また吉田茂や田中角栄は、会話や演説での「ダミ声」が大衆の心を捉えた、とも言われています。

さらには、僕たちが驚いたりビックリした時に出す声も少し歪んでいるので、人間が何も考えずに無意識に出す声は決してクリアーな声ではないのでしょう。

そう考えると、僕たちは「ダミ声・歪み声の方がむしろ原始的な声であり、人間の生理に則した健康的な声である」と本能的に知っているのかもしれません。

だからこそ僕たちは、こういう種類の声に惹きつけられ安心感を覚えるのでしょう。

ボイストレーニングでは、こういった種類の声を出す練習を「咳払い」の延長で行なって、コツを掴んでいったりします。


上記のような声は、既成のマナーによって封印してしまう可能性があり、それはとても勿体ない事です。

今回書いた例以外にも予期せぬ声・聴いた事のない声が出た時には「おっ!何か出たな」と喜び、再現性があるかどうか、また再現するためのコツなんかを工夫して見つけてみる事は決して無駄にはならないと思います。

あるスポーツ選手が語っていた言葉に印象的なものがありました。

何度も同じことを繰り返して練習していると、予期せず新しい事が出来てしまう時がある。これは一種の肉体の“誤動作”である。でも、この“誤動作”はどうすれば起こるのか?もう一度“誤動作”させるには?と、色々工夫しているうちに何とか再現できるようになる。そうなればそれはもう“誤動作”ではなく、自分がいつでも引っ張り出せる“技術”となる

上記のフラジオレットの例なんかは、最初はまさしく“誤動作”から生まれるものなのかもしれません。

でも、ここで忘れてはいけないのは、「誤動作を生む土壌は練習によってしか養われない」という事です。

毎日、声に対する働きかけを何もしなければ「誤動作が起こる土壌」さえ育めません。

よって、都合のよい“誤動作”など起こりようもありません。

以前にも書いたように「声は植物に似ている」と言われます。

まだ何も芽は出ずとも、日々「何かが起こる可能性のある土壌」は育み続けていきたいものです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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