近年のボイトレの世界はこの「ミックスボイス」という言葉で埋め尽くされているようにさえ感じられます。
ハンバーグが美味しいと評判の洋食屋さんが、来るお客さんのほとんどがハンバーグを注文するのに飽き飽きして「またハンバーグの注文かよ!うちは他の料理だって美味いんだぜ!」と嘆くように、我々トレーナーは「またミックスボイスかよ!声には他に重要な事だってたくさんあるんだぜ!」と嘆いているのかどうか・・・
ミックスボイスに限らず「○○ボイスを出せる」「○○音まで音域が広がる」ことがボイストレーニングのゴールとならないようにしたいものです。それらはあくまでも「歌う為の道具」に過ぎないからです。
さて今回は、読んで字の如く「地声と裏声を混ぜる」ことで高い音域も無理なく歌えるようになる、という触れ込みのこの魔法の声(?)「ミックスボイス」についての記事となります。
お付き合い下さい。
ミックスボイスで歌う
ここからはミックスボイスを声の「一つの状態」「一つのテクニック」「一つの音質」として話を進めたいと思います。
まずミックスボイスという特別の声区はありませんのでこのようなイメージは持たれない方がよろしいです。
例えばドまでは地声でそれ以上はミックスボイスだ、とかこんなはっきりと区別できるものではありません。
せめて、このようにグラデーション的にそれぞれの要素が全ての音域で生きているものと考えます。
そしてミックスボイスを出す為に必要な条件は
- 地声と裏声が双方ある程度強く出せる
- 地声と裏声がそれぞれの領域に「侵食」できる
- 「侵食」し、繋ぐ事ができる
上記の状態とはこのような感じでしょうか
このように地声と裏声をサイレンのようにポルタメントで繋ぐ練習はよく用いられます。
そして芽生え始めた弱いミックスボイスをゆっくりと強く出せるようにしていきます。
その方法は色々ありますが、濁音の子音を使ってスタッカートで強めていくというものがあります。
さあ、練習を重ねてある程度強いミックスボイスを出せるようになってきたら歌の中で使っていきます。
ミックスボイスを使わないとこんなに苦しいので・・・
ミックスボイスを「意識的に」使っていきます。
という風にミックスボイスを習得し使っていく訳ですが、上に挙げたサンプル音源からもわかるように、この段階では「独特の音質である」「母音を丸める必要がある」など自由自在に歌える、という状態からはほど遠いです。
むしろ意識的に使うテクニックの1バリエーションとして捉える方が賢明かなと思います。
僕個人の(上記サンプルのような音質の)ミックスボイスを発声している時の感想ですが、完全に自由ではないです。
実際の歌では「5秒間のデモ発声」や「音階練習」でのみ上手くいくような成熟レベルではとても使い物になりません。
歌を歌うということは上り坂だらけのマラソンコースを走るようなもので、次から次へと際限なく難関が襲ってきます。
よって、決して「ミックスボイス習得=歌の習得」とはなりません。
確かにミックスボイスを発声出来るという事は喉の機能的な成長の目安にはなります。
でもそれは「自由に歌う」ゴールにはまだまだ遠いものであり、これから身に付けなければいけない事の方が遥かに多いと考えるべきです。
ミックスボイス関連で疑問に思うこと
「僕のこの声はミックスボイスでしょうか?私、ミックスボイスが出来ていますか?」という質問
結局のところ歌で使えないものには全く意味がないわけですから、その声がミックスボイスかどうか?はあまり気にする必要はないかと思います。
少なくとも質問者が「繋ぐ練習」をされているのなら、理論的には大なり小なり「ミックス」されている事と思いますので、あとはそれが歌の中で(努力性・表現の両方から見て)効果的に使えているかどうかです。
ミックスボイスを歌の中で使って表現的におかしく、また努力性も軽減されないのなら使う意味は無いと思います。
「ミックスボイス習得」の意味とは
先述のとおり、巷でいうところのミックスボイスはあくまでも声の状態の一つです。
それ以上でも以下でもありません。
でもミックスボイスの習得が、例えばビブラートやコブシ回しのような他のテクニックと少し違うところは「声を一本化する・どの音域でも自由に歌える」という究極の目標にとって不可欠な「地声と裏声を繋ぐ」テクニックである、という事です。
でも「ミックスボイスの出し方」「ミックスボイスのコツ」みたいな方法で身に付くのは至極不自由な「混ざり声」に過ぎないので、その遥か彼方にある本当の声を求め続けていく事が大切だと思います。
僕自身、かつては「ミックスボイス習得」に心を奪われていた時期があります。「即席にミックスボイスを作る」というたくさんの方法を試しましたが、「連続使用に耐えられない」「油断すると声が裏返る」など、とにかく現実性の乏しいものばかりでした。
つまりゴールはこのような状態を目指したいものですね!
以上、ご精読ありがとうございました。