【ボイトレ格言】難しい歌への挑戦、常に前向きに、自主ボイトレの大切さ

昨年末(2018年末)に、かなり大規模な大掃除をして、たくさんの物を捨てたり置き場所を移動させたりしました。

僕の練習部屋でもある簡易式の防音室にいつまでも置きっぱなしになっていたクリアファイルの中には、何枚か歌詞を印刷したA4の紙が入っています。

このクリアファイルの中は「大好きだけれど、今の僕には難しくて歌えない歌」の歌詞を入れているのです。ボイトレをしてみて調子が良さげな時、他の歌を練習していて気分が盛り上がってきた時・・・そんな時に防音室の隅に置いてあるこのクリアファイルから何枚か取り出して歌ってみますが・・・いつも、結果は惨憺たるもの!すぐに喉が痛くなり声はかすれ始め、とても最後まで歌える代物ではありません。そのたびに”好きだけれど歌えない歌”がたくさんあることにガッカリして、またボイトレ道の険しさを思い知ります。

結局、その”難曲集”のクリアファイルは大掃除の折に棚に片付けることにしました。どう考えてもしばらくは(少なくとも2019年が終わるまでには)僕はそれらの歌を歌えるようにはならないだろうと、半ば諦めたからです。ほとんど”僕には生涯不可能なんではないだろうか?”というくらいに毎度毎度立ちはだかる難曲たちなのです。

何事も成功するまでは不可能に思えるものである。

ネルソン・マンデラ

南アフリカの差別撤廃に尽力しノーベル平和賞を受賞したマンデラの言葉を思い出すことにします。

今は不可能に思えることもいつかは可能になる・・・そして可能になった暁には「あの頃は”絶対不可能!”と感じていたよなあ」と、感慨にふけるのでしょうか。うん、そんな経験ありますよ!子供の頃、補助輪なしの自転車に初めて乗れた時・・・そんな風に感じた記憶があります。

 

楽観的であるということは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すことである。

ネルソン・マンデラ

僕は楽観的とは言い難い性格をしている、と自分でも感じます。ライブで失敗した時なんかは立ち直るのに時間がかかることもあります。僕の場合、次の”成功したライブ”を経験するまではずっと悲観的な気持ちの時もあります。僕、スランプが長いのです!

上手く歌えなかった・・・何のためにボイトレしてきたんや!・・・そんな憂鬱な時も「顔を常に太陽へ向ける」ことができるように自分をコントロールしていきたいものです。

 

大きな山に登ってみると、人はただ、さらに登るべきたくさんの山があることを見出す。

ネルソン・マンデラ

ボイトレを頑張って声に変化が起こり歌が上達すればするほど、更なる課題が生まれてきます。僕も、いつもそのことを痛感しています。

”高いラ”を出すことに躍起になる→”高いラ”の周辺の音の音質が気になってくる→もっと楽に”高いラ”を歌えないものか?と考え始める・・・そんな風に「登るべきたくさんの山」が次々に現れてきます。

考えてみると、凄い変化であり成長ですね!出すだけで必死だった”高いラ”、今や”どうしたらもっと楽に歌えるのか?”とまで考えているのですから!

 

私が我が魂の指揮官なのだ。

ネルソン・マンデラ

僕は、昔通っていたギター教室の先生にいつも言われていました。

「レッスンには毎回、演奏会のつもりで来るように」

教室に入ってギターを準備して課題曲を演奏する・・・この時に”自主練習の成果を発揮して、最高の演奏をする”心意気を持ちなさい、という意味でした。

そのギターの先生に質問しました。「ギタリストに起こりがちな、右手の腱鞘炎はどうやって予防するべきでしょうか?」先生は「大丈夫!君の演習量じゃ、そもそも腱鞘炎になんかならないから。」・・・先生は、生徒の自主練習の量はお見通しなのです。

ボイトレでも、レッスンで先生と過ごす時間の何倍~何十倍という時間を自主練習にあてることになります。それだけに自主練習の質と量が声の成長を決める、と言っても良いと思います。

指揮されない時間の過ごし方が大切です。

「私が我が魂の指揮官」なのです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

PAGE TOP