【ボイトレ格言】音楽だけが世界語である。何でも歌声として聴けば歌声になる

ボイストレーニングを始める目的で一番多いのは「歌が上手くなりたい」ではないでしょうか?

僕自身がボイトレを始めたのも「歌が上手くなりたい」一心でのことでした。

いや、少なくともボイトレ学習者は”音楽が好きな人”が多いと思います。

もちろん「話し声のボイトレ」というのもありますが、根っこの部分は皆同じです。つまり「歌声」「話し声」でボイトレの練習メニューが変わることはありません。僕自身、歌声を変える目的でボイトレをやってきましたが、話し声も劇的に変えることが出来ました。

ということで今回は「ボイトレ格言・音楽家編」ということで、書き進めていきたいと思います。

お付き合い下さい。


音楽だけが世界語であり、翻訳される必要がない。そこにおいては魂が魂に話しかける。

バッハ

このバッハの言葉、音楽の素晴らしさや普遍性を説いた、スケールの大きな素晴らしい格言だと思いますが、ボイトレの見地からは「翻訳される必要がない」という言葉に注目したいと思います。

人間は「話すより先に、歌っていた」と考えられています。つまり「歌うこと」は人間が持つ感情的・本能的な能力であり、「話すこと」は、むしろ後から知性の力でこしらえられたものだと考えられています。(そして当然「話すこと」は「言語の違い」ゆえに「翻訳」されなければなりません。)※フースラーメソッドの重要な前提です。

この「話すより先に、歌っていた」ことは、上に引用したバッハの言葉にそのままピッタリと合致します。

人間が元々持っている「歌=音楽」は(”話すこと”のように後から作られたものではないので)全ての人の”魂に”訴えかける。

このように置き換えることができるのではないでしょうか?

ボイトレの重要な練習に「母音の純化」がありますが、この練習は「母音が変わっても喉の状態や響きが変わらないようにする」、いわば喉の状態は変えずに”構音”のみを変化させることによって「歌うための言葉」を作ることを指します。しかし「話すより先に、歌っていた」ことを前提として考えると、「話すことのために後から添えられた、本来の喉にとっては不自然な”構音”を取り除く」ことが「母音の純化」だといえるのかもしれません。

 

 

何でも音楽として聴けば音楽になる。

ジョン・ケージ

前衛音楽家のジョン・ケージらしい言葉ですが、この言葉からは「一つの様式に捕らわれてはいけない」というボイストレーニングの根幹にも通じる精神が読み取れます。

音楽全般において「一つの様式に捕らわれる」ということは(ジョン・ケージの場合は)「クラシック音楽のマナーの中に自分の音楽を閉じ込める」という意味だと思います。(それどころかジョン・ケージは、その更に上をいく「楽器を使わない音楽」すら作ってしまっています)

一方ボイトレの見地からの「一つの様式に捕らわれる」ということになると、「声楽然とした声しか認めない」「喉声は悪だ」「ノイズ混じりの声は醜い」といった、声の美しさの主観やジャンルのマナーの中で訓練をやってしまうということになります。

上のような「美意識が介入した訓練」は、ボイトレを失敗させます。

そしてさらに言うと「声の良し悪し」は、あくまで主観的なものであり個人の美意識の問題です。特に声楽の分野からスタートしたボイトレというジャンルでは、この「美意識の介入」が起こりやすいです。

実際に歌われる際の声についても、自分が身を置いているジャンルのマナーには合致しなかったとしても、他のジャンルでは「正義」であることもたくさんあります。

極端な例では、イタリアの声楽家「デメトリオ・ストラトス」の声は「これははたして歌っているのか?」と考え込んでしまうほど、歌声の根本的な前提さえも覆してしまうようなものです。(しかし、デメトリオは自国で大変な人気があり、その葬儀には6万人のファンが詰めかけたそうです)

つまり、「何でも歌声として聴けば歌声になる」のです。

 

彼は一日中ギターの事を考えている、そしてお腹が空いたらほんの少し食事をする、そういう男です。

ジョンアンダーソン

この言葉はイギリスのロックバンド「イエス」のボーカリスト・ジョンアンダーソンが、同じくイエスのギタリスト・スティーブハウの人物像について尋ねられた時の返答です。

スティーブハウは「ギターおたく」のような人だと言われています。つまりギターの事だけを考えて生きているような、そんな人物なのでしょう。

チームメイトであるアンダーソンからもやはりそう見えていたようで、アンダーソンは「ハウがギターの事を考えないのは”ご飯を食べているとき”だけだ」と言っているのです。

結局、スティーブハウは彼独自のギターへのこだわりを年十年にもわたって貫き通し、「替わりの効かない個性的なギタリスト」となりました。

「好きこそものの上手なれ」とは言いますが、あなたも僕も、わざわざ時間を割いて声について勉強しようとしている、いわば多少なりとも「声おたく」的な要素があるのでしょう(笑)

そんな僕たちは、上達する道を自分で見つけることができると信じています!

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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