【ボイトレ格言】人は幸せだから歌うのではない、歌うから幸せなのだ

ボイストレーニングとは「喉を、人間が本来持っている能力へと”機能回復”させる」作業です。

なので「学ぶ」「上達させる」という表現がピッタリくる他の楽器の練習とは全く違うプロセスだということになります。

さて、今回も音楽家や音楽に関する格言から、ボイストレーニングにもなぞらえる事ができるものをピックアップしてみました。

お付き合いください。


論理的なプロセスっていうのはたいてい安全なプロセスを意味している。

スティング

イギリスのシンガー兼ベーシストで、元ポリスのメンバーとして知られるスティングの言葉です。

この言葉は「ボイストレーニングによって喉を機能回復させるプロセス」という見地からも考えることができます。

例えば「山に向かって思いっきり叫んで、一旦声が出なくなり、それが回復した時には以前より喉が強くなっている」・・・このような練習方法の中には”論理的な”要素は少ないでしょう。しかも”安全”とはとても言い難いものです。

では「声が自由にならない理由は地声と裏声が不適切に混ざり合ってしまっているからであり、それを解消するためには”地声と裏声を分離し、それぞれを強化し、もう一度融合させること”が必要だ」・・・これは充分に”論理的”であり、そのプロセスにはいくつもの”安全な練習”が用意されています。

ただし「安全だから論理的である」とは必ずしもいえないところがあります。例えばリップロールのような弛緩練習は喉の健康にとっては徹底的に安全”ではありますが、声を変える力はありません。

 

 

人は幸せだから歌うのではない。歌うから幸せなのだ。

ウィリアム・ジェームズ

アメリカの哲学者で心理学者のウィリアム・ジェームズが語ったこの言葉からは「歌うこと」の原始性・本能性を感じさせます。(彼は音楽家ではありませんが、”歌うこと”について語っているので引用させてもらいました)

僕たちがこの言葉を読んで何の違和感も感じない理由は、僕たちが「人間は太古から歌っていた生き物なのだ」ということを心の奥底で知っている”からではないかと感じます。

「歌うこと」に比べて「話すこと」は、人間が知性的に後から作り出したものだと言われていますが、このことを納得させるヒントをこのウィリアム・ジェームズの言葉は与えてくれるような気がします。

試しにこの言葉の「歌う」を「話す」に置き換えてみると・・・

「人は幸せだから話すのではない。話すから幸せなのだ。」・・・途端に違和感の塊のような言葉に変わってしまいます。

「歌を知らない太古の人が話している」と「言葉を知らない太古の人が歌っている」・・・二つの情景を思い浮かべると「歌うこと」と「話すこと」の違いを強く感じ、「どちらが本能的か」を知ることができます。

フースラーは「言葉は、人間の喉にとっては”異物”である」とさえ書いています。

 

想像が現実を生む。

リヒャルト・ワーグナー

このワーグナーの言葉、ボイトレの最も大切な前提である「聴くこと」に当てはめることが出来ます。(ワーグナーがこの言葉で言いたかった意図とは違う意味になるかもしれませんが・・・)

ボイトレとは「発せられる声を聴き、その音質から喉の筋肉の動きを”想像”していく」ものです。

僕たちがいくら努力をしても、実際の喉の動き(=現実)をリアルタイムで確認することはできません。あくまでも発せられた声からの想像によって、「喉の動き」という”現実”に手を加えていく・・・そんな作業の積み重ねがボイストレーニングだといえます。

そう考えると、ボイストレーナー・生徒さん双方にとっての「耳の感受性」の大切さを改めて考えてしまいます。

フースラーも「まず聞く、それから知る」と書いています。やはり「聴くこと」以前に先にやらなければいけないことはボイトレには無いということでしょう。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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