ボイトレに日常生活の制限は必要ない。ボイトレは手軽にできる習い事。「やってはいけない」ことはない。

僕の知っているライブハウスの店主さんはとても頭の良いアイデアマンで、いつも色々ユニークなイベントを自店で企画・開催し、そんな店主さんの奮闘あって、このライブハウスは常連客の熱烈な支持を受けています。

そんな店主さんが、先日の”平成から令和へ”の改元時を見逃すはずはありません!4月30日の夜に「令和へのカウントダウンライブ」を開催されたそうです。刻々と訪れる世の中の行事ごとを、お客さんが喜ぶコンテンツへと自分の手で変えてしまう・・・僕もブログ執筆において参考にさせていただいています。そうなんですね!やろうと思えば何でも自分色のコンテンツへと姿を変えることができるのです。要は「やったもん勝ち」なんですね!

さて令和元年の初日、つまり2019年5月1日に「今日は新しい時代の始まりだ。さて、何をしようか」と考える人も少なくないでしょう。僕の場合、あんまり深く考えずに平成最後の眠りにつき、あまり深く考えずに目覚めましたが・・・結局、僕は令和の初日はボーリングをすることになりました。何年振りかしら・・・本当に久しぶりのボーリングを知人と楽しみました。

思えばボーリング場の数も随分減った印象です。僕は大学時代に友人たちと連れ立っては、しょっちゅうボーリングに興じていたものです。友人たちと集まっていると、誰ともなく呟きます「ボーリング行こうか!」・・・そこから大体3ゲームをプレイし、ファミレスで甘いものを食べる・・・そんなパターンの休日を何度経験したかわかりません。けれど本当のボーリングブームとは、もっと時代をさかのぼった頃だったと聞きます。1960~1970年代、ボーリングや映画は”レジャーの王様”の名をほしいままにしたことでしょう。

その証拠に、この時代に青春時代を過ごした人たちに映画に詳しい人、ボーリングの上手い人がとても多いと感じます。

実は僕はクラシックギターを勉強していたおよそ8年間、ボーリングを全くやりませんでした。その理由は・・・ギタリストの命ともいえる”右手指の爪”を守るためです。ほとんどのクラシックギタリストは右手の爪を使って弦を弾いて音を出しています。(例外的に一部流派では、爪を全く使わず”指の腹”で音を出しますが)そのためギタリストは右手指の爪を伸ばし、常に形を整え、ヤスリで磨いて滑らかに保つ必要があります。クラシックギタリストの右手指に対するこだわりは相当なもので、常にカバンに紙ヤスリを忍ばせている人も珍しくなく、理想の爪の形を記録するために粘土で型を取る人もいるほどです。

僕はクラシックギターを習い始めるときに先生から釘を刺されました。「ボーリング、ソフトボールや野球のピッチャー、手で叩く打楽器などは決してせぬように」と。これらをやって、もし右手指の爪が折れたり裂けたりしてしまったら、1~2週間はギターの(特に右手に関する)テクニックの練習は滞ることになります。他の生徒さんは隠れてボーリングなどもやっていたようですが・・・臆病な僕は8年間、どちらかといえば好きだったボーリングを一度もやりませんでした。僕と同時期に入門したある若い練習生は大学生でしたがハンドボール部に所属していたので「クラブの練習が終わるたびに右手の爪が無事か、いつも気にしている」と語っていました。ハンドボールとクラシックギター・・・彼を魅了するこの二つは、運悪く相性が最悪だったのです。

そんな風に考えると、ボイトレはずいぶん規制の少ない習い事だなあと思います。日常の生活の中で、取り立てて制限されることもありませんので。強いて言えば、たばことお酒くらいでしょうか?確かにライブ直前の飲酒は歌声をとても不自由にします。それから(僕は喫煙しませんが)声にとってのたばこの害も確かにあるようで「たばこを止めた途端に音域が伸びた!」なんていう話も聞きます。けれどギタリストにとってのボーリングの害に比べると、これらの制限も随分緩くてすみます。少なくとも「ボイトレするなら今すぐ酒とたばこは止めましょう」とは僕は言うつもりはありません。

久しぶりにボーリングに興じた令和最初の日、そんなことを考えながら過ごしていました。

あっ!冒頭に紹介したライブハウス店主さんのように、”ボーリング体験”をボイトレコンテンツへと姿を変えさせることが僕にもできました!ばんざあーい!

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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