ボイトレや歌に必要な相反する思考。論理的=ロジカルに、感情的=エモーショナルに

「ロジカル(論理的)」と「エモーショナル(感情的)」

この相反する言葉は、音楽を演奏する時や歌を歌う時、そしてボイストレーニングをする時・・・何かを行う時に必ず”対(ツイ)で”必要になってきます。

そして、音楽的なことをやろうとする時以外でも、日常のほぼ全般に渡って、僕たちの行動や言動の規範として”常にセットで”持ち続けなければいけません。

僕がクラシックギターを教わっていた先生は「トンネルは両側から掘りなさい」と指導をしてくれました。これは、ギターのメカニック的な要素(=テクニック)を得るだけでは難曲を弾きこなすことは決してできない、その曲に対する強い”憧れ”の気持ちを失わずに練習に取り組むことが大切だ、という意味でした。今回の記事テーマである「ロジカルとエモーショナル」は、この先生の教えに近いです。

「間違えたっていいじゃない。機械じゃないんだから。」・・・ピアニストのフジ子ヘミングは、こんな言葉を述べています。(ヘミングの演奏会に行った事がありますが、彼女の演奏は決して機械のように”ノーミス”ではありませんでしたが、とても”エモーショナル”でした。僕が大好きなギタリスト、アンドレスセゴビアもそんなタイプの演奏家でした。セゴビアが偉大だったのは、その演奏が”ノーミス”だったからではありません。エモーショナルな爆発が理屈を超えて聴くものに訴えかけた、そんな演奏をした人だったからです。

文章を書くことにさえ「ロジカル」「エモーショナル」の両方が必要だと書いている人がいます。僕がこの記事を書こうと思ったのも、ブログの書き方について勉強していた時に「人に読まれるブログを書くには”時にロジカルに、時にエモーショナルに”書くことが大切」という一文を見つけたからです。

さて、今回は上記のような内容から続けてみたいと思います。

お付き合いください。


ボイストレーニングは「極めてロジカルに」、ただし「時々エモーショナルに」

ボイトレを成功させるためには「極めてロジカルに」練習を続けることが大切です。そもそもフースラーメソードの特徴はこの部分にあるとも言えます。(このことはフースラーの著書「うたうこと」を読み進めれば分かります。ほとんどのページの下部には、文中で出てくる事例の引用元が記されています。つまりフースラーが”思い込み”や”ニュアンス”といった一切の主観的な要素を、この著書の中から排除しようとする現れです)

発声された声から逆道を辿り、喉の中で起こっている筋肉の動きを読み解いていく・・・けれど、その”読み解く”という言葉の中には独善的な解釈を込めず「極めてロジカルに」判断する・・・フースラーメソードとはそういう性格のものだといえるでしょう。

しかし、ロジカルなばかりではボイトレは成功しないのでは?と、僕は考えています。

例えばボイトレには「メンタルコンセプト」という訓練・概念があります。とても広義の意味では”憧れの歌手の歌声を真似る”ということも「メンタルコンセプト」だといえます。こうすることよって喉の機能を目覚めさせることができますが、このような訓練は「憧れ」「感動」といった「極めてエモーショナルな」要素をたくさん含んでいます。

何よりも「ボイトレ=声を訓練すること」の先には「歌声で人を感動させる」という究極的にエモーショナルな動機があります。「感動」というファンタジックで説明不可能なものを生み出すためには「説明不可能な何か」によってしか育まれない要素が必ず存在すると、僕自身は考えています。

 

歌から「ロジカルさ」を排除することが、ボイトレの究極的なゴールです

「歌うため」の前行動=ボイトレの段階は、”極めてロジカルに時々エモーショナルに”行うことが理想だと考えますが、その先の究極の目標は「完全にエモーショナルに歌う」ことです。

けれど、ボイトレの途中段階では”色々考えながら”歌うことは、ある意味仕方がないことです。(色々考えながら歌う事が”ロジカルである”とは思いませんが、そんな状態では、少なくともエモーショナルになり切れないことは確かです。)

フースラーは「歌うことは人間の”属性”である」と書いています。つまり、二本足で歩いたり手で物を掴んだりすることと同じように、「歌うこと」は人間に生まれつき備わっている自然な能力である、という意味です。

やはり、歩いたり掴んだりする時に何も考えないのと同じように、何も考えずに「完全にエモーショナルに歌う」ことを目指したいものです。

この場合の「何も考えない」とは、喉の機能のことについて”何も考えない”という意味です。もちろん歌う時には、曲の設計や起承転結、その場に相応しい感情表現などについては充分に考える必要があります。しかし「これより上の音域では声帯を”薄く”使わなければいけない」「次は不得意な母音が多い箇所だから、少し母音を丸めて”みよう」・・・喉の機能について考えて歌う先にはエモーションが宿りません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

繰り返しになりますが、正しいボイトレの基本は「極めてロジカルに」進めることです。ただし、その訓練課程の「ロジカルさ」を、歌うことの中に持ち込んではいけません。

上に書いたことは「自由に歌うためには(何も考えずに)自由に練習すれば良い」ということをやってはいけないのと同じくらい大切なことだと思います。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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