裏声が出なくなった!  ~その原因と再び裏声を取り戻す方法~

私はもうかれこれ10年以上の間、プロのシンガーとして頻繁にステージで歌っています。

その間、たくさんの人達と共演しましたが、もちろんその人数と同じだけの「声」を聴いてきたことになります。そして、皆さんそれぞれ独自の声色を持っており、声の音質としての表出は正に”十人十色”だと感じます。

しかし、基本的には全ての声は「地声」と「裏声」の優勢バランスによってそのトーンに違いが生まれるので、そのバランスが少し変わるだけで、声が劇的に変化することもあり得ます。

一日の中でも声の音質は刻一刻と変化します。寝起きの声は”重たく”聴こえ、喉が目覚めてからの声はもっと快活になるでしょう。私自身も、自分の声の一日の中での変化はいつも感じています。朝起きた時の声はやはり暗く淀んだ印象ですが、ステージ前のウォーミングアップを終えると声のトーンは少し高くなり、キンキンした印象になります。ある人が、私のウォーミングアップ後の声を「ヘリウムガスを吸ったような声」と表現していました。確かにそんな印象かもしれません。体感としては「全ての音域の声(特に低い音)が裏声の膜に覆われている」ような、そんな感じです。

そしてボイトレとは「地声」「裏声」という二つの”材料”を抽出し、手を加えていくことが全ての出発になります。

こんがらがった”材料”(地声と裏声)を慎重に紐解いて、それぞれ分離独立させるプロセス(声区の分離)は、ボイトレのスタート時点での最も大切な訓練の一つです。

さて、私がプロのシンガーとして歌うようになってから、色々な共演者や先輩達から声についての悩みをたくさん聞かせてもらい、時には相談を受けることもありました。その中でとても多かったのは・・・

「俺、ファルセット(裏声)が出なくなったんだよ」という言葉です。

上記のような悩みは、特にベテランシンガーから多く聞かれ、また男性だけではなく女性シンガーからも聞いたことがあります。

さて、この記事では上記の「裏声が出なくなる」ことの原因とは?裏声を取り戻すためには?また、そもそも裏声が出なくて歌を歌うことは可能なのか?について書いてみたいと思います。

お付き合いください。


「裏声」の解釈や呼称は人によって様々です。ファルセット、頭声、仮声、ヘッドボイス等・・・。私が身をおいている”歌の現場”でも、「”いわゆる”裏声」を、色々な人が色々な呼び名で使っています。さらには「ファルセットは芯のあるもの、裏声は芯のないもの、ヘッドボイスは地声が少し混ざったもの」といった風に、”自分なりの区別”を作っている人もいます。でもとにかく皆が共通して持っている「”いわゆる”裏声」を発声している時の感覚は「普段使っている”いわゆる”地声とは全く違うもの」、「全然力を込められないもの」といった風です。

一般的に誰もがよく使う「ファルセット」という呼称は、「偽りの声、偽物の声」という意味があります。そんな風に言われると”練習価値のない声”のように誤解されますが、むしろこの声にこそボイトレを成功に導くための鍵が隠されています。しかも、裏声・ファルセットの練習は、喉にほとんどダメージを与えません。

裏声がでなくても、その人たちは「立派に歌って」います

ここで一つ大きな”事実”を書いておきますと、上に書いたような「裏声が出ない」ことに悩んでいるベテランシンガーたちは、皆立派に歌い続け、週に何度もステージに立ち続けています。

もちろん、声に悩みを抱えている素振りはお客さんに悟られずに「ドラマチック」な歌声でお客さんを魅了し続けています。

 

裏声の機能なくして、歌は歌えません

「裏声が出ない」シンガーが、ステージでは立派に歌っている・・・しかし、実際に裏声の力を借りずにステージに立ち歌い続けるなんてことは不可能なはずです。いくら本人は「地声で歌っている」と感じているような音域でも、裏声のサポートは必ず必要になります。

つまり結論は「裏声で歌えない」ことは事実だったとしても、「裏声の機能」は残っており、その役目を果たしてくれている、ということです。

あなたが実際に歌っていて「地声だけ」「裏声だけ」と感じている時でも、それぞれもう片方の声区の機能を完全に封印することはできません。聴き手が「地声で歌っている」と感じる歌声の場合でも、必ず「裏声的機能」は働いています。※これは、あくまでも「歌声」に限ってのことです。「話し声」の場合には、”裏声的機能がほとんど働いていない”状態もあり得ます。

 

「音質としての裏声」は出なくなっていますが、「機能としての裏声」は健在です

そんな「裏声が出ない」ことに悩むシンガーは、何をもって「裏声が出ない」と言っているのでしょうか?

それは「裏声で歌う箇所(つまり、普通は高い音域になります)が歌えない」ことを指しているのです。つまり(裏声の機能は持っているけれども)「音質としての裏声を出すことができない」ために「裏声で歌えない」ということなのです。

私が聴いたその人たちは、確かに裏声で歌えませんでした。高い音域の箇所を裏声で歌おうとしても、声がかすれたりして、どうにも上手くいかない様子でした。

しかし上の項で書いたように、少なくとも「機能としての裏声」は、まだちゃんと残っています。そしてそれが残っているからこそ、ステージに立って歌うことが出来ているのです。

 

裏声が出なくなる原因は「声の固着」です

さてそんな「裏声が出ない」ことに悩むシンガーは、決まって「何年も、週に何度も、ステージで歌い続けた結果、裏声が出なくなった」と言います。

週に何度も、何年間も、「ドラマチック」に歌い続けた結果、裏声を失った・・・その原因は「声の固着」です。

喉の筋肉の、ある部分だけを連続して毎晩も使い続けた結果、その部分だけが強調して働く癖がついてしまう。さらに使わない部分はどんどん弱く衰弱してしまう・・・そんな風に考えてみてください。

さらに、冒頭でも書いた「ドラマチックに歌い続ける」ことに注目してみたいと思います。

ドラマチックな(=重く激情的な)歌唱表現は、一般的には「地声を優勢に」働かせることによって可能となります。反対にリリックな(=軽く漂うような)表現は「裏声優勢」であるでしょう。

私が出会った「裏声が出ない」シンガーのほとんどの人は、音質・歌唱表現的に「ドラマチック」なスタイルです。(反対にリリカルなスタイルの人はベテランになっても声の状態を保ち続けています)

このように(ドラマチックな)歌唱表現的特徴も、そのシンガーが裏声を失うことに一役買ってしまっています。

「重く激情的な歌声」と「軽く漂うような歌声」、この両極端な音質の歌声が発せられている時の”喉の中の状態”を、簡単に想像してみましょう。前者での声帯は「強く緊張」しています。一方、後者の歌声では声帯が「十分に伸ばされて」います。つまり、これらの歌声は「声帯に起こる(全く異なる)それぞれの働きが、音質として極端に現れ出たもの」だと言えます。そして、弱く儚い存在である声帯を危険にさらす可能性があるのは、「重く激情的な歌声」の方です。けれども、シンガーは幅広い表現のバリエーションを持っておく必要があり、「ソフトにも歌えるし、激しくも歌える」という理想を捨てることはできません。そのために必要なこと、それは「声帯に”伸ばされながら緊張する”」という仕事をしてもらうことです。機能的にみれば、それは「地声と裏声の融合」ともいえますし、音質的には「激しさの中にも繊細さを含んだ歌声」ということになります。(ただ単に”緊張一辺倒”の声帯が作り出す歌声と、”伸ばされながら緊張する”声帯が生む歌声は、「劇的」という意味では同じ範疇に入る歌声ですが、似ているようで全く異なる音質のものです。これを客観的に聴き分ける必要があります。)ボイストレーナーは、生徒さんの歌声の中にそんな音質を芽生えさせる仕事を行ないますが、言い換えればそれは「生徒さんの歌声を守ること」でもあります。

 

声区をゆっくり紐解いていけば裏声は復活します

さて、裏声が出なくなってしまった人でも、時間をかけて訓練していけば復活させることは可能です。少なくとも私が今までに聴いてきた人たちは、充分にそのチャンスがあります。少しばかり”忍耐”がいること、そして「普段の練習方法」を見直す必要はありますが。

さて、もしあなたが「裏声が出ない」と悩んでいるなら、次のことを試してみてください。

  • 息を吸いながら、高い声を出してみる(ヒッ!と驚くような感じで)
  • ホラー映画の怖いシーンで女性が叫ぶように「キャーッ!」と悲鳴をあげてみる
  • なるべく高い声で「フ~ッ」とため息をついてみる(残業を終えて帰宅した時などに、出来るだけ脱力して)

上記のようなことが可能なら、裏声は(少なくとも機能的には)健在なので、少しずつ声の固着を取っていけば必ず復活するはずです。

普段出さないような声色を色々やってみると良いでしょう。声の音質は”喉の中身を知る鏡”です。違った音質の声が出ている=喉の中で違った動きが起こっている、と考えてください。

特定の母音でしか裏声が出ない場合は、その母音から他の母音へとグラデーション的に変化させてみてください。たいていは、「ウ」や「オ」の母音が裏声を出しやすいはずなので、さらにそこに「h」の子音をくっつけて練習してください。つまり「フ」や「ホ」でやってください。

もし裏声の機能が”完全に眠ってしまっている”のなら、練習のコツは「急に不意打ち的に裏声を出す」という取り組み方で練習することです。頭の中で「出そうとする裏声の音質(例えば”ふくろうの鳴きまね”)をしっかりとイメージしてから、何も考えずに「さっさと」出すようにします。ただし、この練習はボイストレーナーの助けが要るでしょう。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

私が出会った「裏声がでなくなったシンガー」との話や、その人たちの声質の特徴などから色々書いてきました。

あなたが(そんなに高い音域ではないにせよ)ある程度の音域(喚声点の少し下)あたりまであまり無理なく歌えている、もしくは音を上昇させていくと声の音質に変化をつけることができる(高くなるに従って段々細く薄くできる)なら、裏声を取り戻すことは可能です。

少なくともこれ以上の固着は作らないために、同じ音質の声ばかりを出す事を控え、普段出さないような声を出すように心がけるだけでも、随分効果があります。

PAGE TOP