ボイトレのレッスンで課題や指摘が増えるのは進歩の証。目の前の扉の向こうにはまた別の重い扉があるもの。

「もっと声に力をみなぎらせないと、説得力のある歌にはならないよ。」

「ほら、その音!他の音に比べて響きが弱いのがわかる?」

「せっかくの聴かせどころ!気力抜けしちゃ、勿体ないよ。」

雑談交じりに楽しく進むレッスンもあれば、それはそれは色々とうるさく小言を言われる場合もあります。

「最近は自主練習の調子も良かったから、今日のレッスンは自信があったのに!予想に反してダメ出しばかりだなあ。」

トレーナー側からはもちろん、気付いたことを伝えて声の改善に役立ててほしい・・・ただその一心なのですが、生徒さんにとっては、意外にも”ボイトレが嫌になる瞬間”なのかもしれません。

そういえば僕にも経験があります。一生懸命に家で練習して「よし!いける!」と手ごたえを感じて、鼻息荒く乗り込んだレッスンの時ほど先生から思わぬ指摘をいただき、うな垂れて帰ってきたものです。

目の前の重い扉を開けることができたと思ったら、その先の世界はまた別の扉によって堅く閉ざされていた・・・そんな感じでしょうか。

けれど、前向きにこう考えてみてはどうでしょうか。自分のレベルが一段上がったから、新しい課題が噴出して、レッスンでそのことを指摘されただけなのだと。

実際のところ、レッスンを受けながら何かを学んでいこうとする時は、大抵そんなものです。急に課題が増えたことは、何かが整ってきた証なのです。レベルが低く全体的に整わない、あまりにも雑然としたものの中からは、細部の粗は見つけにくいものです。

思い返せば、ボイトレをやり始めた頃の僕は「吸気発声」すらまともに出来ませんでした。「息を吸って声を出す???そんなことが人間に出来るんかいな?」と、まあそんな感じです。それが、練習を重ねて何とか発声出来るようになってくると、今度は母音や声の音質が気になってきます。そこで今度は「吸気発声を、指示通りの母音で雑音なく良い音質で」という風に、更に先の課題が見えてくる・・・何事もそんな感じで進んでいくのですね。

僕が今取り組んでいる自分の声に関する課題や問題点は、いずれも3年前には思いもよらなかった種類のものです。

今、たくさんの声の問題点が一気に噴出して悩みに悩んでいる人も、数年後には「あの頃はあんなことさえ出来なかったんやなあ、未熟の極みやったんやなあ」と、懐かしく思い出す時がくることでしょう。

新しい課題が見つかり、そのことで悩んだりレッスンで指摘されたりすることは全然悪いことではないのです。

いやむしろ、バンザーイをして喜ぶべきことなんです。レッスンでの指摘が余りにも多い時、その時は一瞬ゲンナリはするでしょうけれどね・・・

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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