「歌を歌う」という事の中で何が難しいのか?
また、一体何が「歌う」という行動を難しくさせているのか?
それはご存知の通り、僕たちの声が「地声と裏声に分かれてしまっているから」です。
人によっては異論があるのかもしれませんね。
「いや、僕は高い声が出ない事が一番の悩みなんです」
「私は声に張りがない事がコンプレックスなんです」
「いつも音程が取りにくいんです」
確かに、声の悩み・歌の悩みは人それぞれです。
でも、その一つ一つの悩み・多様な声のコンプレックスは、究極的には一つの問題へと行き着きます。
それは、やっぱり僕たちの声が「地声と裏声に分かれてしまっている」事が原因なんです。
そして、地声と裏声を繋ぐ「ミックスボイス」を、声に悩むたくさんの人が「手に入れたい!」と強く望んでいます。
これは当然のニーズであり、ミックスボイスを手早く習得するためのトレーニングが開発さている事もまた当然だと思います。
さて今回の記事は、ミックスボイスは、はたして声に悩む人を救う事が出来るのか?という内容となります。
よろしくお付き合いください。
目次
なぜ人間の声は地声と裏声に分かれてしまったか?
僕たちは先入観として、人間とは地声と裏声の2種類の声を持っていると考えています。
赤ちゃんの時「一本に繋がっていた声」は成長とともに「2つに分裂して」きます。
残念ながら、この分裂はほとんどの人に起こってしまいます。
さて、この「声の分裂」に関しては2つの考え方があります。
- 人間の声とは本来「成長と共に地声と裏声とに分裂してくるもの」であり、つまりこの分裂は避けようもない道筋である。もしそれが原因で歌いにくいならば「地声と裏声を繋ぐ技術」をマスターし、それを駆使して歌うようにすべきである。
- 人間の声は「本来は一本に繋がっていた」のだが、何かの後天的な作用によって「分裂してしまった」。つまりこの分裂は喉の不健康な状態から起こっているのである。不自由なく歌うためには分裂してしまった声を元の状態に「回復」させねばならぬ。
もちろん1.の考えが、僕たちが当たり前のように持っている声に関する常識。
しかし、2.のような考えを持つことは、僕たちの声に対する先入観や日々のボイストレーニング、そして実際に歌う事に対してとても大きな影響を与えると思います。
(この事はスイスの発声学者・フレデリックフースラーが自著の中で詳しく書いています。)
そして、実は2.の考えはただのファンタジーではなく、生理学的にきちんと証明されています。
つまり「習得」というより「回復」と言った方が生理的には正しいという事になります。
でも声は現実に分裂してしまっているのだから・・・
さて、いかに「人間の声は元々繋がっている事が本来の姿なのだ!」と言われましても実際に分裂してしまっている僕たちの声は、何とかして繋いで不自由なく歌える状態にしないといけません。
そして(かなり極端に言うと)そのことこそが、ボイトレの一番重要で一番難しいところです。
そして、地声と裏声を繋いでくれる「ミックスボイス」をマスターすれば自由自在に歌えるようになる!と思ってしまう事は当然であり、実際にミックスボイス習得によって声のバリエーションは一歩広がり、また「繋がった声」の感覚も味わえます。
ただ、僕の経験的にもこの事だけで全ての声の問題が解決する事はありません。
いや、何も解決しないといった方が適当でしょう。
なのでミックスボイスとは、間違っても万能薬ではなく、「一つの声のパターン」としてのみ捉えるべきではないかなあ、と思います。
完全に自由な声を持つ人は、地声と裏声の分裂がなく全ての音域で双方の作用が「混ざり合った」理想的な声の状態なので、言葉の意味では「混ざった声=ミックスボイス」だと言えます。
僕たちが求めていくのは「本物の自由な声、本物のミックスボイス」なのです!
~経験談~ミックスボイスでは問題解決しない
僕自身、ミックスボイスを手に入れたくてボイトレ本での独習、トレーナーさんのレッスン、そしてネットの情報を鵜呑みにして奔走しました。
当時の練習は、地声と裏声を「ポルタメントで繋ぐ練習」「エッジを混ぜて繋ぐ」「リップロールで繋ぐ」等、所謂よくあるミックスボイス短期習得トレーニングです。
そして、これらのトレーニングで「繋がったかな?」と思える状態まではいけると思います。
でも、僕自身は声量が明らかに落ち、好不調の波が激しく、いつも小手先で歌うようになってしまった事も事実です。
短期間で習得したミックスボイスは、一応繋がってはいますが、あまりに弱い声なのでライブなどで威力を発揮するまでには至りません。
「弱い方の声」に合わせて繋がざるを得ないので、パワーが全然ありません。
普通、男性ならば裏声、女性ならば地声が弱い人が多いと思います。
ミックスボイス習得の一般的な練習では「それぞれの声を強くする」努力は一切していないので、常に弱い方の声に合わせて繋ぐ事になってしまいます。
そのために声量を抑えて練習するように書いてあったり、息の量を抑制するリップロールでのトレーニングが推奨されます。
「繋がってきたら段々と強くしていけばいい」と思うかもしれませんが、これは中々厳しいと思います。
弱い方の声に合わせて作られた、ただでさえ弱いミックスボイスは、僅かに声量を上げたり息を少し強く押し出したり、母音の操作を少し間違えたりしただけで簡単に破綻します。
歌というものは、声の破綻を誘発するような様々な要因(声量の強弱・母音の変化・音程の跳躍等など)の集まりだと考えてもいいと思います。
その逐一現れてくる破綻の要因をしっかり受け止めて、声が裏返ったりかすれたりといった問題に発展していかないように守ってくれる「強靭な声の足場」がないと、一曲通してきちんと歌うなんて事は難しいです。
そして、声量を抑えたり母音をごまかしたりして破綻の要因さえ未然に防ぐような歌には何の魅力もありません。
短期間で作られたミックスボイスは、出てくる音的にも機能的にも、とてもとても弱弱しいものです。
また、コンディションによって「繋がらない」「繋がりにくい」時も多々あります。
元々分裂していなかった地声と裏声はそれぞれ本来の姿、つまり繋がって一本化された声の状態へと戻りたがっています。
現代の人の声は、程度の違いはあれどほとんどが「音声障害」の状態にあると言われます。
つまり地声と裏声に分裂してしまっている上に、それぞれがとても弱く、しかもバランスが悪い状態です。
それぞれを(特に弱い方の声を)より強くしていって、「高い次元で」両方の声のバランスが整ってくると、不思議なくらい自然発生的に地声と裏声は勝手に繋がってきます。
ミックスボイスの習得トレーニングでは弱い方の声を強くしていくというプロセスを踏まないので、どう工夫してみても強靭な繋がりは生まれません。
そんな危うく、やっとの思いで繋がっている地声と裏声は、体調やメンタルのちょっとした変化によって簡単に繋がらなくなってしまいます。
練習では繋がってスムーズに歌えたのに本番ではダメだった!という事が頻繁に起こるのはそのためです。
不本意にも分裂してしまっているもの、その材料の中身に何の手も加えず「さあ!繋がれ!」
・・・これは無理というものでしょう。
自然に気持ちよく繋がって、本来のあるべき姿=一本化された自由な声へと誘導するには、「地声と裏声」それぞれの素材に手を加えていかねばなりません。
まとめ
「人間の声は全てミックスボイスである」「人間の声は本来は一本に繋がっているものである」・・・
この「事実」から目を背けて、急ごしらえのミックスボイスの練習をする事で、ボイストレーニングの究極の目的である「自由自在な声の獲得」からはどんどんと遠ざかってしまいます。
ぜひ、正しいボイストレーニングによって、自由で強い「一生ものの声」を手に入れていただきたいと思います。
以上、ご精読ありがとうございました。