司会を仰せつかり、ボイトレの成果・声の変化を実感。”台本を読む”ことで”歌声”が発せられる?セリフを言う≠会話

僕は京都市内の移動は車を使うことが多いです。京都は隣の大阪ほど鉄道網が発達していないので、公共交通機関での移動が結構面倒なのです。そんな車での移動、近頃は渋滞に巻き込まれることも多くなりました。市内あちこちで工事をやっているので、中々スムーズに移動ができません。

「そういえばもう3月だものなあ」

2月から3月は、俗にいう”年度末”という時期なので、いたるところで公共工事がたくさん行われています。仕方がないですね・・・

そんな年度末は”総会の時期”でもあります。各種団体・組合・企業などが決算報告や事業報告、来年度に向かっての指針や予算案などを示す”総会”がたくさん催されていることと思います。

そういった会議やミーティングの席での”声の力”の影響というのは見過ごす事のできない要素であるはずです。こういう場でも、強く張りのある声で話すことの出来る人は弱々しい声の人より、常に一歩リードしているのではないかと思います。

さて過日僕は、とある団体の総会における司会役を仰せつかりました。50人くらいがホテルの宴会場に集まって、祝辞や表彰式などを行ないながら酒宴へと雪崩れ込む・・・そんな会合の総合司会役です。

もちろん僕はボイストレーナーでありシンガーなので、司会役はちょっと専門外だとは思いながらも、何事も経験と勉強だ!いや何より”声を使う仕事”じゃないか!・・・ということで、お引き受けしました。

これが思いのほか好評であり、意外な気付きもあったりしたので、その時の様子をブログ記事に少し書いてみたいと思います。

お付き合い下さい。


朝からボイトレをやり、レッスンをし、本番に臨みました

僕は毎日1~2時間のボイトレをやっています。特にライブやレッスンなど声を使う仕事が入っている場合には、出かける前に必ずトレーニングするようにしています。

その日も一通りのボイトレを済ませ、その後生徒さんへレッスンをさせてもらいました。

レッスンでは僕自身もたくさん声を出したい!と考えています。キーボードの無機質な音に合わせて生徒さんに発声してもらうよりも、僕の声を手本にしてほしいと考えているからです。その為には僕自身がいつも良い声の状態を保っていなくてはなりませんので、自分の生活サイクルを律する動機付けにもなっています。生徒さんと一緒にレッスンで声を出す事を楽しみにしているボイストレーナーは意外に多いのではないでしょうか?ある先生は「レッスンでは、生徒さんと一緒に僕自身も練習しているつもりで声を出している」と語ってくれました。

さあ、いよいよ会場へ!その時にはすでに僕の声は”仕上がっている”状態になっていました。僕が声の仕上がりの目安にしている音質的な特徴は「声が金属的な響きをまとっているか」です。または「ヘリウムガスを吸ったような声」と評した友人もおりました。アンザッツを練習することによって”喉を吊る筋肉”がピンと張られ、喉がいよいよ「仕事するぞ!良い声を出すぞ!」と手ぐすねを引いている・・・そんな様子をイメージするようにしています。

 

”仕込み”を念入りにやりました

会場に入ってから本番までの間に時間があったので、タイムスケジュールに沿ってシミュレーションしました。

それから、こういった会合で間違ってはいけないのが”来賓の方々、祝辞を読む方々のお名前”です。不安なところは確認したり読み上げたりしながら練習しました。

自分では割と念入りに”仕込み”をやったと思います。何しろ”歌うこと”より”話すこと”の方が、僕は慣れていませんので・・・

 

本番では良い声を出す事ができました

さて、いよいよ本番となりましたが・・・極端に緊張する事もなく、例の”喉を吊る筋肉がピンと張られた”「ヘリウムガスを吸ったような声」で、大きなミスもなく司会役を全うすることができたと思います。

ちょっとだけ自慢を・・・祝辞や挨拶など、他の人がマイクを使って壇上で話す声を注意深く聴いていましたが、やっぱり僕の声とは全然違っていました!何年もボイトレしてきて良かった!と思える瞬間でした。まあ、そりゃそうですよね・・・いやしくもボイストレーナーを名乗っているのですから、他の人と同じ声では甲斐がありませんもの。

 

「歌っている時のような声質だった」という評価から考える・・・”独特の結合”の正体

評判は上々だったようで、お褒めの言葉もたくさん頂き、とても嬉しかったです。

そんな中で、ちょっと考えさせられる評価もあったのです。

「(司会をしているあなたの声は)ライブで歌っている時と同じ声だった」と、ある人は言いました。実はその人、僕のライブに何度も足を運んでくれたこともある僕の友人で、彼自身バンドもやっており、一緒に演奏したりカラオケを楽しんだりしたこともあります。つまり彼はその会場内でただ一人、僕の「歌声」を知っている人なのです。

そんな彼の評価、僕は「ありがとう!」と軽く受け流していましたが・・・後から考えてみると、ちょっと面白い評価です。僕はこんな仮説を立ててみました。

「歌声とは、喉や喉の周り、呼吸器官も含めて、普段はバラバラに仕事をしていた各部位が”独特の結合”を成した時にだけ発せられる”特別な音質の声”である」・・・フースラーは、そんな意味のことを書いています。つまり”歌声”は、それ自体が特別な声なのであり、会話の声などとは音質も違えば作られ方も違い、(発声の道具としての)喉の使われ方さえ違う、という意味なのでしょう。

僕は、この度の司会役でマイクに向かって発声する時、まさか「歌うように」発声していた自覚はありませんが・・・

こういう仮説は立てられないでしょうか?・・・歌は”歌詞や音程、音質などを頭の中にイメージして”歌います。これは”会話すること”とは根本的に違う行為です。一方、司会は”台本を読んで覚えたお名前や言葉、それを伝えるのに適した音質などを頭の中にイメージして”発声します。これもまた”会話すること”とは根本的に違う行為です。(演劇の声も、これに近いイメージでしょうか)

司会や演劇などで発する声は、言葉や抑揚、音質など、頭の中でイメージすることが必ず必要になります。これは、ボイトレでいうところのメンタルコンセプトです。

そんな発声のプロセスを考えた時、僕がこの日の司会で発した声の音質は、”会話の声”より”歌声”に近かったとしても不思議ではないように思います。

 

いずれにしても今回の司会役、とても良い経験ができて勉強にもなりました。やっぱりボイストレーナーたるもの、自分の声を役立てる機会があるなら、これからも積極的に挑戦していきたいと思った所存です。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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