口の開け方・口の形を練習してはいけません~「良い口の形」は良い声の「結果」です~

この記事は2018年3月29日に公開したものを2018年6月25日に追記・再編集したものです。

生徒さんから質問を受けました。

歌う時の口の開け方はどうしたらいいんでしょうか?やっぱり高い音程の時は大きく開けますか。縦長ですか?横長ですか?

 ネットのボイトレ情報を調べると色々と出て来ました。

「歌う時の口の開け方」は大きな関心事のようです。

 また、この事については色々と誤解もあるようなので、そんな内容で書き進めてみたいと思います。

お付き合いください。


結論から申します。口の開け方は気にしないで下さい。

以前のブログで「歌う時の姿勢」について書いた時と重複しますが、ただでさえ難しい「歌う」という行為の中で僕たちが自動化できる事は、初心者であればあるほど少ないと考えてください。

ボイトレをやり始めて間もない頃から自動化できる事、それは「呼吸」「姿勢」そして「口の開け方」等です。

現状は強く意識しなければできない事、例えば「母音の調整」「音程」「声の裏返りを防ぐ事」「高音を確実に出す事」等は大いに意識すべきであるし、また意識しないでは歌えないでしょう。

ボイトレを順調に続けていけば、数年後には「母音の調整」は半自動化できているかもしれませんし、「声の裏返り」の心配なんか全く無くなっているかもしれません。

つまり、ボイトレして自由な声を手に入れるという事は「自動化できる事が増えていく」という事とイコールなのだと思います。

以前に、あるボイストレーナーさんの「僕たちは呼吸する事のプロなのだから、呼吸は自然に任せるべきである」という意見を紹介しました。

僕はこの意見に共感しています。

同様に僕たちは「口の開け方」においてもプロ中のプロのはずです。

「アっ!!」と驚いた声を出す時、いちいち口の開け方・形の事なんか考えていないはずですから。

「口の形」は、発声の「結果」です。

求めるものは、あくまでも「良い声」です。

「良い声」を出している時の口の形は、それが縦長であれ横長であれ、大きく開いていようと小さく開いていようと「良い口の形」です。

 

響きや滑舌の問題はどうなるのか?心配いりませんよ!

 ネット情報では「大きく口を開けないと共鳴が悪くなって声がこもる」「高音は口を縦長にする」など、様々なアドバイスが溢れています。

 これらのアドバイスについての僕の意見を以下に書きます。

 共鳴は喉と口の中で作られる事は事実ですが、その出口である口の大きさを変えたところで共鳴に大きな変化が起こるとは思いません。

ボイトレでは、どの母音でも安定した共鳴を得るための訓練が必須となります。

歌の中では、母音が変わるたびに口の中の体積や形は逐一変わっていきますが、その変化に応じていつも「最適に響く声」を作っていかねばなりません。

そしてその母音での「最適に響く声」が「大きく開いた口」を必要とするならば、口は自然に「大きく開く」でしょうし、小さな出口が必要ならば「小さく開いた口」になります。

それは、あくまでも一音一音の良い音を目指した「結果」の事です。

決して「大きな口を開ける=豊かに共鳴する」ではないと思います。

口の形についても同様に、「最適な響き」を求めた結果としての現れだと思います。

例えば「高音で口を縦長にする」と喉頭の位置は下がります。

確かに低い位置の喉頭(所謂ローラリンクス)は高音を出しやすくします。

よって、「高音を出しやすくするために喉頭の位置を低くして歌う=口は縦長になる」という事にはなりますが「口を縦長にする=高音が出る」とは言い切れないと思います。

そもそも、低い喉頭での発声は音が深くこもりやすいです。

もし、高い音程で明るい音が欲しい時は?と考えると、仮に「口を縦長にしたら必ず高音が出る」としても、音質・表現の面では大きな妥協を生むと思います。

さらには、「イ」「エ」などの横長の口で発音する母音は、縦長の口からどう発音するのか?という根本的な疑問が残ります。

口を縦に開けないと高音を出せないのなら、「イ」「エ」母音は”誤魔化して”歌わなければならないのか?・・・少なくともトレーニングの段階で「誤魔化し方」「妥協の仕方」を習得してはいけません。そうでなくとも実際の歌では現実的な問題として「理想通りに」いかない事も出てくるでしょう。野球の選手がバットを持って素振りをする時は、妥協を許さない完璧なフォームを目指しているはずです。トレーニングとはそういうものであるべきです。


今回の「口の開け方」のついてのみならず、僕たちが求めるべきは、あくまでも「適正な響きを持った良い声」です。

それを求め続ける事が何より大切だと思います。

姿形・フォームなどといった「現象」「結果」は、後から必ず付いてきます。


人間は人に何かを伝える、訴えかける手段としてメロディーに言葉を乗せて歌います。

そして、「歌うこと」が理想的な形でごく自然に美しく行われている時は、歌わない時に自然に出来ているような事、例えば「呼吸」「口の開け方」「姿勢」なんかも自然に行われているはずです。

「呼吸」「口の開け方」「姿勢」などを不自然に操作しようとすると、肝心の声までも不自然に乱れることになってしまいます。

呼吸が不自然であったり、口の開け方や姿勢をがんじがらめに縛られている時に出る声は、きっと例外なく不自然でがんじがらめだと思います。

カラオケやライブでいつも上手く歌う友人や、憧れの歌手の姿を思い浮かべてみましょう。

彼らは口の開け方など、全く気にしていないと思います。

彼らが求めているのは「良い声」「良い音楽」です。

動画で見る名歌手の歌う姿は、あくまで自然でしなやかなはずです。

彼らは「自然でしなやかな姿」を練習したのではありません。

響きの良い美しい声を出す練習を積み重ねたんです。その結果「自然でしなやかな姿」までも手に入れたのでしょう。

そして、ここでの「美しい」という意味は、声のトーンやクリアーさの事ではありません。

仁王立ちで、凛とした高くクリアーな声で歌うソプラノ歌手も、汗だくで、マイクにかじりつくように軋んだ声を張り上げるヘビーメタル歌手も、同様に「自然でしなやかな姿」だと思います。

その理由は、彼らの声は音楽にピッタリとフィットしていて無理や不自然さがないからです。

以上が僕の「口の開け方」についての意見です。

 

ご精読ありがとうございました。

PAGE TOP