ボイトレは声のリハビリ。治る前提で取り組む。再び歌えるようになるために

歌声の回復は「If(もし)」ではなく「When(いつ)」である。”再び歩けるようになる”ことが当たり前であるように、”再び歌えるようになる”のは当然のこと。ボイトレとは「治る前提で」取り組むもの。

世間は忘年会シーズン真っ盛り!僕にも参加予定の忘年会がいくつかあり、やっぱり今年もこの時期、お酒を呑む機会が増えそうです。また、人込みの中に出かけていく機会も増えるのでインフルエンザや風邪などにも注意したいものです。

どんどん寒さが増す12月から年が明けての2月くらいまで、ボイトレ学習者は声の調子を崩しやすい時期でもあります。お互いに注意して、この冬を乗り切りましょう!

 

さて、友人が足の骨を折って入院したというので、先日お見舞いに行ってきました。

聞くと、道路でころんだ時”嫌な感じがした”とのこと、やはり骨折しており既に手術も終え経過は良好とのことで、これからリハビリを続けながら回復を目指すとのことでした。

彼曰く「どうやら、完治までには時間がかかるらしい。来年の2月くらいになるかも」とのこと、僕は「やっぱり骨折したら、治療~リハビリと随分長くかかるものだなあ」という印象を持ちました。

そして、僕は彼の話を聞いて「治療」「リハビリ」という言葉に対して、やっぱり声のこと・ボイトレのことを連想してしまいました。

 

ボイトレは回復することを前提とした「声の治療」「声のリハビリ」である

骨折した足を治療して、もう一度歩けるようになるために少しずつリハビリをする・・・ボイトレも正に同じようなものです。

リハビリして再び歩けるようになる、つまり「元通りにする」という考え方はそのままボイトレにもピッタリと当てはまります。

そしてもちろんリハビリとは、”回復可能である”からこそ行なうものだと思います。

僕はベッドに横たわる彼の、骨折した右足をみても「もう、治らないだろうな」とは考えませんでした。もちろん彼にかける言葉も「はたして、治るのか?」ではなく「いつ治るの?」です。つまり治ることは前提であり、問題は”いつ”治るか?という時間の問題だけなのです。

声に関しても、まさしく同じことです。

「はたして、歌えるようになるのか?」ではなく「いつ歌えるようになるか?」なのです。

声は誰でも回復可能であるからこそ、ボイトレは取り組む意義のあるものなのです。

 

現代人の声は「骨折したリハビリ前の足」のようなものです

ベッドに横たわる友人は笑顔を見せて元気そうでしたが、やはり不自由そうでした。

身の周りの必要品はベッドの脇に置いておかないと自力で取りにはいけないでしょう。お手洗いやお風呂にも不便さを感じるでしょう。

もちろんこれからリハビリをしてどんどん回復していくでしょうが、元通り自由に歩き回れるようになるには相応の訓練をしなければならないでしょうし、それも結構な時間がかかるようです。

”リハビリ前”もしくは”リハビリ中”である僕たちの声とて、同じようなものなのです。

これからしばらくの彼の不自由さを考えると・・・同じような状況にある”リハビリ前の声”の持ち主は、相当不自由で歌い辛いはずです。

 

リハビリを経て回復すると、他の部位は自動的に協調してくれる

右足を骨折した彼の不自由さは、しばらくの間、他の部位にも影響を与えるのではないでしょうか?

まず、左足には大きな負担がかかりそうです。痛んでいる右足を無意識にかばって”重荷を一手に引き受ける”ようなイメージでしょうか。

それから上半身にも影響がありそうです。手で身体を支えることにもなるでしょうし・・・肩や首などにも相当疲れが溜まるでしょう。

けれどリハビリの甲斐あって右足がすっかり治ってしまったら・・・左足や上半身は(何も意識しなくても)本来の働きを取り戻した右足と同調して、活き活きとバランスよく協調してくれるはずです。

 

さて、これを声に例えるとどうなるでしょうか?

まず、喉が不自由なことで一番負担がかかるのは「呼吸器」です。言う事を聞かない喉を助けようとして、大量の息を声帯に送り込むことになります。

また、身体をこわばらせたり、お腹に力を入れたりと、無意識に他の部位の助けを得ようとするはずです。

けれどボイトレの甲斐あって喉がすっかり本来の力を発揮し始めると、呼吸器は自動的に喉と同調して必要な量の息だけを声帯に送ってくれるでしょうし、身体をこわばらせたりお腹に力をいれたりする必要もなくなるはずです。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

友人を見舞った時のエピソードから「声の治療」「声のリハビリ」について書いてみました。

お見舞いに行った時の雑談の中で、骨折した友人は、これから数か月間の仕事のことについて話してくれました。その言葉の中に「”もし”治ったら」という意味合いの言葉はありませんでした。治ることが前提でリハビリをするのですから当然ですね。

ボイトレも同じことです。声が完全に本来の能力を取り戻すことは「もし」でありません。「いつ」なのです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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