録音を聴く。他の楽器奏者も”そうしている”。友人知人は褒めてくれるが、より厳しい客観性を持って自分の歌を聴く。

先日、私の携帯電話に見慣れない番号の着信がありました。その主は、最近共演したドラマーだったのですが、彼とは何年も前から交流があり共演の機会が何度もあったのですが、何故か連絡を取り合うことがこれまでなかったのです。私はSNSをやりませんので、かなり自発的に行動しないと”連絡を取り合う仲”にはなりにくいのです。

さて、彼の用事は次のようなものでした。

「こないだ一緒に出演したライブの録音を取り損ねたので、君の録ったものを聴かせてほしい」・・・なるほど!そして彼曰く「前半は録ったけれど、後半の録音に失敗した」ということでした。

まあ、彼は月に何度もライブに出演しているベテランドラマーなので「ほんの少し取り損ねたくらい、別に良いではないか」と、一般的には考えるかもしれませんが・・・当の演奏者は意外にそうは考えないものです。

慎重な人なら、きっとこう考えるでしょう「前半の録音にはマズい演奏は無かった。しかし取り損ねた後半にこそ反省するべきプレイが含まれているのではないか」と。

早速、僕の録音データを確認しましたが、何しろデータが重くてどうやって送ったら良いか分からなかったので、彼には「近々また共演の機会があるから、その時に音源を持参する。その時に現場で聴いてくれ」と返事しました。彼は納得してくれましたが、それでも色々聞いてくるわけです。「僕が取り損ねた部分を君が聴いてどう感じた?おかしい演奏は無かったか?」と。・・・まあ、心配なんでしょうね。僕にもよく分かりますよ、その気持ち。僕が彼なら、そんな風に確かに”録音し損なった”自分の演奏が心配になりますよ。

そんな、演奏に対する彼の真摯な様子、僕はとても嬉しく思いました。自分の演奏は一秒のもれもなく確認して解析したい!楽器奏者・シンガーを問わず、これはとても大切な野心です。

自分の演奏や歌に対して客観的な耳を持つことはとても大切です。”客観的に聴こう”とする態度こそが音楽を良いものにします。そしてその客観性は、とても厳しいものでなければいけません。

厳しい客観性とは、例えば「お客さんが、それも友人知人のお客さんではなく、”ただふらっとお店に入ってきた人”が今日の演奏を聴いたなら・・・どう感じたか?」といった種類のものです。知人友人は割と簡単に「今日の演奏、良かったよ」と言ってくれるものです。これには疑ってかかるくらいの慎重さが僕たちには必要です。

上述のような”厳しい客観性”を持って自分の歌を顧みると、確かにうんざりするような時もあるけれども、これはその先にあるより大きな喜びのためには絶対に避けては通れない関門なのです。

彼からの突然の電話で、そんな風に身を正した出来事でした。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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