フレージングは未熟な喉では不可能。ボイトレを最優先させ、歌の練習はその後で

「フレージング」とは何を指すか?どういう意味なのか?と問われると、とても広い範囲の回答が考えられます。

例えば会話の中で使われる”句読点”、この位置を変えることは「フレージングを変える」と表現されることもあります。これを歌に置き換えると「ブレス(息継ぎ)」の位置を変えたり、音と音とを繋いだり切ったりする場所を変えたりすることに当たるでしょうか。

また特定のメロディをどう歌うか?という意味を「フレージング」と呼ぶこともあります。レガートで繋いでいくのか、スタッカート気味に歌うのか・・・また微妙にテンポを揺らしながらメロディに豊かさを加えるのか(アゴーギグといいます)・・・

おおまかに言って「フレージング」とは、音符と音符の無機質な羅列を、有機的に”音楽的として”成り立たせることを指していると、僕は解釈しています。

さて、この「フレージング」が音楽的か否か?自然か奇妙奇天烈か?ジャンルにフィットしているか?・・・これは聴き手に与える印象としての”歌の上手さ”に大きく影響を与える大問題です。

ボイストレーニングとは、純粋に「声のリハビリ」「声の治療」と考えられるので、この「フレージング」の問題は管轄外と思われがちです。(フレージングは”歌の勉強”であるから、ボーカルトレーニングの管轄である、と思われるかもしれません。)

けれど、実際は「フレージング」は”ボイストレーニングの管轄である”と僕は考えています。(少なくともボーカルトレーニングとの共同管轄ではないかと思います)

今回はそんな「フレージング」についての記事となります。

お付き合いください。


滑らかな声の流れは”壊れた楽器”からは決して生まれません

声は、息が声帯を振動させることによって生まれるので、その根本的な発生源は「息」だということになります。そうい意味ではトランペットなどの管楽器と共通した原理でしょう。

では、仮にあなたがトランペット奏者だったとしたら、与えられたメロディを壊れた楽器で”音楽的に”演奏することは可能でしょうか?やっとの思いで一音一音なら楽譜通りの音を出すことは出来るのかもしれませんが、あなたが演奏したい”音の流れ”、”歌心”を表現することは困難でしょう。

あなたの喉には上記のようなことが起こっていると考えてください。音程によって出しにくい音がある・・・響きが一定ではない・・・息を浪費するのでブレスの箇所も決まらない・・・そんな”壊れた楽器を携えている”状態で音楽的なフレージングを求めたところで上手くいかなくて当然です。

”声の根本的な発生源は「息」である”と書きましたが、これは「発声の際は息のことに注力せよ」という意味ではありません。むしろ、息のことは考えてはいけません。また、ここでは声を管楽器に例えましたが、実際は”声帯が振動する”というプロセスは弦楽器に近いと言われています。

 

あなたの楽器を修復することで、眠っていた「フレージング」が自然に湧き出てきます

何をおいても最優先しなければならないのは、”壊れた楽器”を修復することです。そうすれば、あなた自身の中に眠っている「フレージング」は自然に表面に現れてくるはずです。

そして、この「壊れた楽器の修復」こそがボイストレーニングの役割です。

僕は全ての人の中には、その人なりの「フレージング」が隠されていると考えています。ピアノなどの他の楽器を音楽的な流れを伴って演奏することを「楽器を歌わせる」という言い方をします。つまり他の楽器のフレージングは、歌のフレージングを参考にして人為的に”作られていく”のです。一方、歌のフレージングは”自然に現れてくる”ものです。

 

あなたの「フレージング」は、あなたが歌いたいものに相応しいかどうか?

さあ、ボイストレーニングを進めることによって、あなたの中に眠っていたあなた自身のフレージングが導き出せたなら、次の手順はそのフレージングがあなたの歌う音楽に”相応しい”かどうかを見極めることです。

具体的に、例えば「演歌特有のこぶしまわし」を、ロックのジャンルに持ち込むことは”相応しくない”と言えます。いかに正しい発声で歌われたとしても、それを「美しい」と呼ぶことはできません。

ボーカルトレーニングには、ボイストレーニングと違った難しさがあります。ボーカルトレーナーの助言は、あくまでも生徒さんの「ジャンルのマナーからの逸脱」を避けるに留めるべきです。技巧的なこと、例えばブレスやビブラートなどまでも細かく指導することは個性的な歌心を潰してしまい「先生の劣化版コピー」を作ることにもなりかねません。ボーカルトレーニングは「主観」と「客観」のバランスがとても難しい作業です。

ここからはボイトレというよりは”ボーカルトレーニング”つまり「歌の練習」と呼ばれるものの範疇でしょう。

音楽にとって「相応しさ」は「美しさ」とイコールとも言えます。どれだけ”正しい”発声で歌われたとしても、その歌が求めるフレージングが施されていなければ、それは「美しい」とは言えません。いや、悪くすると「醜くい」とさえ感じられてしまうでしょう。

ではどのようにして正しい「相応しさ」を身に付けるか?・・・月並みな言い方になりますが「たくさんの良い音楽を聴くこと」そして「たくさんの良い歌手の模倣をすること」になると思います。たくさん聴いて、たくさん真似する!・・・これこそが「歌の練習(ボーカルトレーニング)」の骨子だと僕は考えています。

 

喉が未熟なうちは、ボーカルトレーニングの効果は薄いでしょう

もし「壊れた楽器の修復」と「歌の練習」の順番を間違えたなら、つまり壊れた楽器を修復せずにボーカルトレーニングを行ったなら・・・その効果はとても薄いものになるでしょう。

壊れた楽器でいくら奮闘しても・・・音と音をレガートに繋ぐ事も、テンポを微妙にずらしたり音量に強弱をつけて歌に彩を加えたり・・・そういったメロディ単位のフレージングは困難でしょう。

どう考えても、まずは取り掛かるべきは「壊れた楽器の修復」です。つまりはボイストレーニングを進めて眠っているフレージングを導きだせる状態にもっていくことこそ最優先するべきです。

 

まとめ

「人間は本来、歌える生き物である」・・・この前提がある限り、歌に必要なほぼ全ての材料は、あなたの中に眠っていると考えるべきです。

ただし、それがあなたの歌いたい音楽に「相応しい」かどうか・・・あなたの声が音楽的なフレージングを伴って人の耳まで届くときには、このことがとても重要になります。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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