慎重に調整して壊れないように・・・”守られた声”から脱したい。人間は本来歌える生き物である。

僕はプロ野球観戦が好きで、テレビでの応援や、時には球場に出かけていくこともあるほどです。

野球に限ったことではありませんが、スポーツ選手の練習に対する取り組みや試合に向かっていく精神状態の作り方などの指針は、僕たちシンガーにも参考になることが多いと常日頃から感じています。ボイストレーニングも各種スポーツも、それぞれ筋肉の動かし方を練習していくものです。そしてその筋肉を動かすためにメンタルの力を必要とする点でも共通しています。

誰だかは忘れてしまいましたが・・・あるプロ野球選手、それも”代打専門”で有名な人がこんなことを言っていました。「僕は打席に立ったらとにかく早い段階でバットを振るようにしている。たとえ空振りになろうがファールになろうが・・・代打専門のバッターは1試合につき1打席しかチャンスがないから、早めにバットを振って心を落ち着かせるためだ」

なりほどなあ、と思います。プロ野球に所属するような一流選手でも”最初の一振り”を行なうまでは、緊張してしまって本来の力が出せないものなのですね。そういえば僕たちシンガーも同じような経験がありませんか?緊張してガクガク震えていたけれど、とにかく一声歌ってみるとどんどん調子が上がってきた!なんてこと。とにかく最初の一振り、最初の一声・・・それによって心は落ち着き、身体や喉を意図通りの動きにもっていける可能性は高まります。

歌に関して考えれば、”最初の音が難しい歌”は難易度が高いといえます。徐々に喉の状態を整えることが出来る歌はまだ楽ですが、第一声から突然高音やロングトーンを求められる歌は難しいものです。

 

さて先日、野球好きの知人と話をしていて「先発ピッチャーはどのようにして登板までの間の調整を行なっているのか?」という話題になりました。その知人は野球にとても詳しい人で、ピッチャーが試合から次の試合までに行なう練習について詳しく教えてくれました。

それは概ねこんな話でした。登板した次の日はマッサージなどをして肩の疲れをとる→次の日は完全オフにして身体の疲れをとる→その次の日はランニングなど”投げない練習”だけを行なう→そして登板の前日は”投げ込み”を行ない実戦用の肩を作っていく・・・こんな流れのようです。なるほど、確かに順序だてて慎重に次の登板までのメニューが作られているようです。

この話を聞いた僕の感想は「野球のピッチャーってのは、大変な仕事なんだなあ」ということ、そしてもう一つは「”野球のボールを投げること”は、人間にとって”本来備わっていない、不自然な”身体の動きなんだなあ」という思いです。ピッチャーは一試合に、多い時は130球も投球しなくてはなりません。すくなくとも「一日に130球投げる」という行動は、人間にとって属性(本来的に備わっている性質)からは程遠いものなのですね。だからこそ気が遠くなるほど慎重に調整して壊れないように・・・肩を守り、その能力を維持していく必要があるのでしょう。

 

さて、スイスの発声学者フレデリックフースラーは自著「うたうこと」の中でこんな風に記しています。

「人間は本来歌える生き物である。歌うことは人間の属性である」

僕は何度もこの言葉を反芻し、トレーナー活動の、また自身が行なうボイストレーニングの精神的な支えとしています。

先日、あるライブが終わってお客さんと雑談していたとき、お客さんが僕に言ってくれました。

「あんなにたくさん叫んで大丈夫?今日はゆっくり喉を休めて下さいね」

僕は「ありがとうございます!今日はゆっくり喉を休ませることにします!」と言いましたが、心の中ではとても悔しい思いを感じていました。お客さんが僕の声を心配してくれた・・・それは僕の声が不自然に響いている箇所の存在・・・僕の声の綻び・・・そんな僕の声に対する良くない印象が上記の発言を促していると感じました。

そのお客さんにとって”歌うこと”は、やっぱり特別な事だという認識があるという証であり、その原因は今日のライブでの僕の声の綻びにあったことでしょう。声は・・・慎重に調整して壊れないように・・・そういった性質のものではないということを、その日の僕は証明することができなかったのです。

「バンドのシンガーってのは、大変な仕事なんだなあ」と、お客さんに心配されるようでは・・・ね!

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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