ラジオを聴こう! 視覚に頼らず、ボイトレに必要な耳の能力の再生のために

皆さんは毎日テレビを見るでしょうか?

僕はテレビはそれほど好きではありませんが、やっぱり帰宅すると無意識に点けている時もあります。これはもう「習慣」でしょうね。特に家に一人でいる時なんかは特に関心があるわけでもない番組を点けている時も多いです。

さて、このテレビの功罪については色々な意見がありますが、僕が最近特に問題だと思う事は「テロップ過剰」です。

よくバラエティ番組などで出演者がしゃべっている内容をそのまま画面の下に活字で映し出される・・・あれです!

確かに分かり易いとは思いますが、あんなに全てのセリフを活字で映すことは必要なのだろうか?といつも首をひねってしまいます。視聴者の想像力の妨げになり、「懸命に聴こう」とする意思を削いでいるように思います。

また、出演者の人達の滑舌を鍛える努力にも悪影響を与えるのではないでしょうか?「どうせテロップで映し出されるのだから、滑舌悪くてもいいや!」のような・・・

さて、テレビはもはや僕たちの生活に欠かせない道具となっているのですが、テレビの普及の前には長らく「ラジオ」が情報メディアの主役でした。

テレビが国民の100%に近く普及し、youtubeなどで動画の閲覧が比較的簡単に出来るようになった現代でさえ、ラジオはそれほど衰退していません。

ラジオが衰退しない理由は「受信し易さ」にもあるようです。災害などの時に離れた場所でも受信できる事はラジオの大きな特徴であり、また替りの効かない存在意義でもあるでしょう。

そのラジオの特性・魅力とは、言うまでもなく「耳からだけ」情報を得るメディアである、という事に尽きます。

「テレビは想像力を奪う」という意見は多くあります。テレビは「視覚」からの効果が「聴覚」からのインプットを覆い隠しているので「脳を働かせず、何も考えずに見てしまう」という意見です。

確かにその通りだと思います。「視覚>聴覚」のバランスに加えて、上に書いた「テロップ過剰」の問題も加わり、僕たちはテレビを見る時にはほとんど想像力を働かせる余地がありません。

一方、想像力なしでラジオを聴く事は難しく、ただ漠然と聴いているようでも自動的に本能的に豊かな想像力を働かせて聴いているのだと思います。毒舌のパーソナリティーはきっとこんな表情で話しているんだろう・・・このアシスタントの女性の声は随分甲高いからきっと小柄な人なんだろう・・・ラジオからの声は基本的には「顔の見えない」相手からのアウトプットなので、ラジオの向こう側の人達の姿は、僕たちは想像するしかありません。

そんな、想像力を刺激してくれるラジオは、耳の能力を鍛えてくれるであろうことは容易に想像できます。

いうまでもなく、ラジオは「聴覚オンリー」のメディアです。僕たちは知らず知らずのうちに、ラジオから流れてくる音に耳をそばだてて敏感に聴き入っています。

「敏感に聴き入る」事が耳の能力を鍛える事に良い影響を及ぼすことは間違いありません。人間の五感は全て「敏感に働かせる」ことによって研ぎ澄まされていきます。料理人の味覚が、画家の視覚が、そして音楽家の聴覚は、どれも「敏感に働かせる」ことを継続する過程で研ぎ澄まされていくでしょう。

ボイストレーニングを行なっていく上でも「耳の能力」はとても重要である事は間違いありません。またボイトレをやっていく上で「何か他の人と違う特別なこと」をやろうとするならば、それは通常の現代人の「視覚>聴覚」のバランスを逆転させて「聴覚>視覚」のバランスへと導くことかもしれません。

「聴くこと」がボイトレにとっていかに大切なことか?このことはフースラーも自著の中で書いています。著書(うたうこと)の中に「まず聞く、それから知る」という章があります。この章の中でフースラーは「まずは歌声の中身を聴き分けられる耳を持たなければばらない。その後でその歌声がどういう機能で発せられているか学ぶべきである。決してその逆をやってはならない」と述べています。(←文章そのままではなく、僕の略記です)

また別の章では「現代人の喉は機能不全に陥っているが、同様に耳も機能不全である」というような記述もあります。

ラジオを聴くことでどれくらい耳の感受性が高まるかは未知数ですが、少なくともゼロではないでしょうし、「耳の能力の退化」を少し遅らせるくらいの効果はあるではないでしょうか?

このブログ記事を最後まで読んでくれた方は、是非一度ラジオから流れてくる声に耳をそばだててみてください。ラジオの向こうで話している人の声のトーン・イントネーション・歪みの有無・独特な言い回し・・・さらには毎日同じ人の声を聴いていると「アッ!今日はこの人、喉の調子が悪いな!」といったような声の微妙な掠れまで手に取るように聴き分けられるはずです。

そして、それは知らず知らずのうちに少しずつ「聴覚を研ぎ澄ましている」ことに等しいのではないでしょうか?

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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