腰を痛めて再確認した、ボイトレの”原因”と”結果”のすり替えの危険性。ボイトレの基本は常に「声の音質」であるべき。

毎日、お暑うございますね。35度超えは今や当たり前、38度を指す気温計にげんなりとしながらも、ボイトレしている毎日です。

実は先日、私、腰を痛めまして目下療養中なのです。重い物を持ち上げた時にギクッとくる所謂ギックリ腰で、普段はどうということのない行為、例えば洗顔や靴下を履くのにも苦労する毎日です。

さてそんな中、腰の不調はもちろんボイトレにも影響がない訳はありません。特に困ったのは「地声の練習」です。具体的にはアンザッツの2番や3a番などの”豊かで深い音質”を必要とする類の練習で、これが腰にズンズンと響くのです。これには本当に参っています。裏声系の練習は全然困らないのですが、例えばアンザッツ2番で「ハッハッハッ」と明るく健康的に笑う練習などはもう堪りません。腰に響いて響いて・・・とても長くはやっていられない状態です。

地声のことを「ヴォーチェディペット」「チェストボイス」などと呼ぶこともありますが(どちらも”胸声”という意味です)、なるほどなあ・・・という感じです。確かにこういった声は胸に響いています。そのために胸から腰へと振動が伝わり、そのたびに僕は悶絶することになっているわけですから。一方で裏声は「ヴォーチェディテスタ」「頭声」などと言うことがあります。僕は想像しました・・・もし頭にコブなんか作った日には「コブに響くから裏声の練習が辛いんです」なんて泣きごとを言っているでしょうか・・・と。

そしてこんな風にも考えます。「豊かな地声は胸に響かせて!」「裏声や高音は頭のてっぺんから発声するように!」といった教え方、はたまた「腰で支えて発声するように」といったアドバイスが横行してしまうこともやむを得ないよなあ・・・と。僕はいま確かに地声は胸に、裏声は頭に響きを感じているのですから。いうまでもなく、声を作るのは喉の仕事です。胸や頭は喉の仕事に対して、何の手伝いもしてくれません。(もちろん”響き”という仕事は受け持ちますが)

さて、とはいえ上記のような「響く場所の体感」は、あくまでも「声の音質」を求めた”結果”でなければいけません。これらが”原因”となってしまってはボイトレが時にあらぬ方向へ向かってしまう危険性があります。

これはよく言われる例えですが、歌のとても上手い人に「あなたはどうやってその高音を出しているのですか?」と問うたとします。彼はしばらく考えて自分自身が高音で歌っている時の”感覚”を呼び覚まそうと努力します。そしてこう言います。「はい、私は高音を頭のてっぺんから出しているのです」と。これを聞いた質問者は吹聴してまわります・・・「高音とは頭のてっぺんから出すものだ」と。このような伝達の過程は、本来”結果”であるはずの「頭のてっぺんから声が出ている感覚」を”原因”とみなすことによって起こります。

この度、腰を悪くしたことによって再確認することができた「地声が胸に響く感覚」・・・これは僕がここ2年以上のあいだ、声の音質を”原因”ととらえて練習してきた”結果”であるはずです。その”結果”を”原因”にすりかえて、僕が生徒さんに伝えること・・・つまり「地声は胸で歌いなさい!」といったアドバイスは、彼らを混乱させるだけでしょう。

ボイトレで最も大切なのは「出てくる声の音質」であること、そのことを逆説的に再確認した今日この頃です。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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