【フースラーの言葉】偏った発声ばかり続けることは危険、”正しい声”は一つではない

「正しいこと」・・・音楽や、その他の芸術ではこの”正しい”という概念の扱いがとても難しいものです。

音楽において、客観的に”正しいか、正しくないか”を判断できる要素としては、例えば「音程」の問題があると思います。「レ」の音を発声したいのに「ミ」の音しか出せない・・・これは誰の耳にとっても”正しくない”わけで、完全に誰にでも正誤の評価が出来る問題です。

反対に正誤の判断が難しいものとしては「感情表現」「テンポ」などがあると思います。これらは聴く人によって「主観」「嗜好」で判断が分かれることになり、”音楽が音楽たるゆえん”とでも言いますか・・・”正しいか正しくないか”という客観的な評価をしにくい要素です。

実際には、音楽にもある程度の”客観的な正誤”の基準があります。なので歴史的に評価されてきた演奏内容、そのジャンルが持つマナーのようなものを無視した演奏は「正しくない」と捉えられてしまうことも多いです。(「ジャズの歌い方ではない」「オペラらしくない発声だ」「この時代の曲はこんな表現ではいかん!」などの評価になるでしょうか)

さて、そんな「正しい」という言葉、もちろんボイトレの世界でも使われています。

「正しい発声」「正しい喉の使い方」・・・ボイトレレッスンの現場でもよく登場するフレーズではないでしょうか?

けれど、ことボイトレに関しては「正しい」という言葉は、とても慎重に取り扱わなければならないのです。その理由はボイストレーニングで発声する声、練習している時の喉の状態などはほとんどの場合「正しい」という一言では言い表せず、「時には正しく、時には間違い」とも言えるものだからです。

 

偏った発声によって、喉に”専門化”が起こる

フースラーは自著の中で次のように書いています。

たったひとつのきまったアンザッツばかりをやっていると、そのアンザッツに使われる筋肉の働きだけが過度に強調されて、発声機構をこわすもとになる”専門化”ということが生じる。

この文章はとても分かりやすいと思います。ボイトレ学習者がいつも注意しなければならない”声の固着”のことについて書かれています。

”専門化”と聞くと、分業して得意なことだけ行なうような”良い”意味の響きがありますが、ここではもちろん悪い意味で使われています。考えてみると、人間が皆持っているその人特有の声色・・・これは長い目でみると日々”声の専門化”を推し進めていることにもなっています。

 

正しい声は一つではない、ある時は正しくある時は正しくない

そして、その後にはさらに大切な事が書かれています。

「ただひとつしかない正しい」アンザッツを教えたと信じるようなことでは、彼の生徒は、早いか遅いかの違いはあっても当然、今度は別のやり方になったというだけで、偏ったやり方にふたたびはまり込んでしまうだろう。

上の引用文の「アンザッツ」を「声色」と置き換えると分かりやすいと思います。

例えば、あなたの現状の声色は”キンキンしていて鋭い”とします。そんなあなたの声を聴いた先生が「上手く声が出ないのは”キンキンしていて鋭い声”ばかり出しているからだ。今日からは”太く豊かな声”を出すようにしましょう」と指示します。・・・

確かに、最初のうちはあたかも魔法が起こったように劇的な変化が現われ、声は自由に良く出るようになるかもしれません。・・・今まで喉の位置はずっと高かったはずです。それが喉の位置を下げることを覚えるのですから、一時的にバランスが取れて発声がとても楽に自由になる可能性はあります。

けれど、それを良いことに今度”は太く豊かな声”ばかり出していたのでは、今度はそっちの方に偏ってしまい新たな声の固着が生まれ、結局また元通り(いや、前以上に)声は不自由になってしまいます。

つまりボイトレに「ただひとつしかない正しい声」というものはあり得ないということです。

上の”あなた”の例だと最初、声が”キンキンしていて鋭かった”時には、”太く豊かな声”は「(声の治療の方法としては)正しい声」だったのです。けれど、その後”太く豊かな声”ばかり出し続けて新たな固着を作ってしまった喉にとっては”太く豊かな声”はもちろん「正しくない声」です。

ボイストレーニングでは、いつでも偏った喉の状態にならないように注意しながら練習することが大切であると、改めて感じます。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

上に書いてきたことをひとまとめにして簡単に言うと「同じ音質の声ばかり出さないで、色々な声を出して下さい」という事になります。

右足に重心が偏っていたので右足を痛めた・・・今度は左足ばかり使っていたら左足も悪くなった・・・そしてついには歩けなくなってしまった・・・声の固着とはそんなイメージでしょうか?

また、普段の生活からたくさんの声色を使って話している人は滅多にいないと思うので、ほとんどの人は知らず知らずのうちに(悪い意味での)声の”専門化”を推し進めていることにもなると思います。

日常でも意識的に色々な声を出して、”専門化”が起こらないようにすることが大切です。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

筆者のプロフィール、ボイトレへの考え

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