歌の練習。がむしゃらに歌うのではなく、シンガーの癖を真似るなど、ボイトレ効果を高める練習を。

「実は来月、ライブに出演することになりました。その日、一曲だけですが、リードボーカルをやることになりました。次のレッスンで、その曲を教えていただけませんか?」

ある生徒さんから、このような相談を受けました。ボイストレーナーを名乗ってから早一年と数ヶ月、最初の頃はただひたすらに「歌の練習をしても声の自在性は変わらない。声を解き放ち、自由自在に歌えるようになるためにはボーカルトレーニングではなくボイストレー二ングをやらねばならぬ!」と声高に叫んでいました。いや、今でもその思いに一片の曇りもございません。素晴らしいが難しい歌に出会った時、かつての僕はあまりにも勇敢にあまりにも非理知的に、その歌に挑み掛かっていったものです。100回歌えば歌えるようになる!それでもダメなら500回!そんな風にマッチョな「歌の練習」に終始した結果残ったものは、痛んで弱りきった喉と筋肉の固着により狭まった声域だけでした。

もちろん「歌の練習」が全く必要ないわけではありません。曲が求める節回しや装飾技術、フレージングやダイナミクスなどは多いに勉強して練習しなければなりません。また、良い歌をたくさん聴くことによる”音楽の訓練”は、いつもたくさんやっておきたいものです。

けれども、歌が他の楽器と決定的に違うのは、ほとんどの人が「楽器の不具合」のストレスを抱えながらの演奏を強いられるということです。いつでもシンガーは、完璧に調整された楽器を演奏できるギタリストやピアニストからは考えられないようなハンデを背負っています。

歌手は何よりもまず先に「楽器の調整」を最優先すべきだ、と僕は考えています。「楽器の調整」に要すべき労力と時間という意味から、シンガーとはやっぱり特別な存在なのだと思います。上述したようなボーカルテクニック、節回しやフレージング、そういった「表面的で美的な」要素さえ、「楽器の調整」の傘下に入っているという点でも、歌は特殊な分野です。つまり具合の悪い楽器から美しいフレージングは決して生まれず、またよく調整された楽器は自発的に豊かなダイナミクスを表現する・・・これは確かに起こり得ることです。

さて、いろいろと書いてまいりましたが、何が言いたいかというと、とにかく常にボイトレを第一義的に考えられる思考の方向性が、シンガーの歌声を変え、自由に歌えることを可能にし、さらには美的な意味でも自発的な成長が約束される、と僕は考えています。

けれども、レッスンの中で歌うことを否定しているのではありません。歌のレッスンは確かに美的な面の追求に終始してしまい、ボイトレの目的である「楽器の完成」からどんどん離れていってしまう危険性があります。また悪くすると「ボイストレーナーの美意識の押し付け」にもなりかねません。

そこで一つ提案です。歌いたい曲のオリジナルバージョンをよく聴いて、そのシンガーが何か特徴的なボーカルテクニックを使っていないか?注意深く拾い出してみてください。

語尾をしゃくり上げたり濁らしたりしている。声の出し始めを濁らしたりアタックを消したりしている。”泣いたような”歌いっぷりだ、ビブラートはどうか?こぶし回しはどんな風か?

そんなことまで模倣して歌ってみることで、歌の練習にボイトレ的要素を加えることができます。何も考えずに100回練習しても歌えなかった歌でも、オリジナルのシンガーのボーカルの癖を真似ることでたちどころに歌いきれてしまう可能性があり、また「楽器の完成」のスピードを速める潤滑油となるでしょう。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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