調子の悪い時に鎌首をもたげる”ミックスボイス信仰”。そんな時こそ裏声と地声への働きかけ

僕がボイストレーニングというものに真剣に取り始めたのはおよそ10年前のことです。さすがに10年もの時が流れるとこの”ボイトレ界”も少し様変わりしているように感じます。

「ミックスボイス」というキーワードは、もちろん今でも色々なボイトレ本やボイトレ関連サイトで頻繁に目にしますが、10年前の当時はその傾向が今より強かったのではないか?と感じます。

「高い声を楽に出すには”ミックスボイス”の習得が不可欠だ!」「幅広い音域を楽々と歌うためには”ミックスボイス”をマスターしよう!」など・・・僕自身も、そんな”魔法の声”を探し求めてあちこち彷徨ったものです。

けれどご承知のとおり、ミックスボイスとは”魔法の声”でも何でもなく、ただ単に「声の音色のバリエーションの一つ」に過ぎません。

僕自身、長い間この「ミックスボイス信仰」に取りつかれていましたが、少なくともライブで歌う実践の場で即席で身に付けたミックスボイスが僕を救ってくれることはありませんでした。

ここでいう”ミックスボイス”とは「とりあえず地声と裏声を繋ぐ」という狭義のものを指します。「人間の声=地声から裏声までが一本に繋がり、幅広い音域が苦も無く歌えるもの」と捉えると”全ての声はミックスボイスである”とも言えます。この本来的な広義のミックスボイスこそボイトレ学習者が目指すべき到達目標だと考え、それを「真ミックスボイス」と名付けて既存のインスタントなミックスボイスと区別されたのは、フースラーメソードを日本に浸透させた第一人者である武田梵声先生です。

さて、僕が”コツ”や”やり方”といったインスタントな方法から離れ、正しいボイストレーニングに出会ってから2年以上が経ちます。

その間、ボイトレには「裏声と地声を分離させる」ことがまず必要なことであり、さらにそれぞれを強化させた先にしか声の融合(ミックス)のプロセスは成しえない、と確信して理解しているつもりでしたが・・・

 

不調の時、鎌首をもたげてきた「昔、身に付けてしまっていたミックボイス信仰」

昨年(2018年)の11月、僕は酷い風邪をひいてしまい、その影響からくる咳に悩まされていました。

そんな中、ライブ出演のある日、僕は京都の自宅から車で大阪のライブハウスへと向かっていました。(喉の調子が悪い時は、特に車で出かけるようにしています。こんな時こそじっくりと丁寧にウォーミングアップすることが大切だからです)

ウォーミングアップのために車内で音楽を流しながら、それに合わせて歌うのですが・・・どうも上手くいきません!いつもなら歌えば歌うほど喉の調子はどんどん良くなってくるはずなのですが、この日はいくら歌っても調子は上向きません!

そうこうしているうちに、そろそろ大阪のライブハウスに近づいてきました・・・冷汗が出始め「このままじゃ、今日は上手く歌えないな」という悲壮な気持ちになってきました。

今日は声が出るか、出ないのか?・・・これは不思議に喉の感覚として分かるものです。「今日は声出ないかも、と思っていたけれど本番になったら全然大丈夫だったわ!」ということは少ないです。声に関しては、特に悪い予想は当たってしまうものです・・・

 

焦れば焦るほど、昔の悪いマインドが頭を占領し始めます

遅々として調子が上がらない!そんな時、決まって問題になるのは「地声と裏声の境目=換声点」あたりの音のことです。

こんな時、地声と裏声は”まるでナイル川の両岸に離れ離れに置き去りにされているように”さえ感じます。それぞれは繋がる気配を一向に見せず、ずっと離れ離れになってしまっています。

これでは絶対に上手く歌えるはずはありません!

ふと「昔の悪いマインド」が頭の中を駆け巡ります。

「弱く歌って取り敢えず繋げよう」「歌詞なんか二の次だ!母音を曖昧にして乗り切ろう」・・・

それではますます悪循環にはまっていくばかりなのですが・・・

 

そんな時こそボイトレの基本に立ち返り、裏声と地声に働きかける

上に書いた僕のやり方は間違っています。

本当は調子の悪い時ほど「裏声と地声を別々に出す」ことに集中した方が良いのです。

それぞれが純粋さを保って出せる状態にならなければ、その先の融合(ミックス)なんて土台無理な話なのですから。

遅まきながら、このことに気付いた僕は裏声と地声を交互に出す練習をし始めると、不思議に声は融合し始めました・・・

 

裏声と地声を、それぞれ独立して出せる状態こそ大切

歌うためには、地声と裏声両方の機能を使うことになるので、それぞれが純粋に(混合せずに)発声出来る事が何よりも優先されることなのです。

総合的な働きのなかの個々のものさえうまく働かないのに、(中略)どうしてたくさんの機能を同時に練習できるだろうか?

フースラー

このフースラーの言葉は分かりやすいと思います。歌うための声(地声から裏声まで一本に繋がった声)は、喉のたくさんの筋肉の”総合的な働き”によって発せられています。そんな”総合的な働き”を得るためには、やはり”個々のもの”(地声と裏声、それぞれ単体を発声するために必要な筋肉)をうまく働かせられることが大前提となるでしょう。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

自分ではしっかりと払拭できているつもりでいた昔の悪いマインドが、不調や焦りのためにむくむくと再生してきたのです。

油断は禁物です!調子が悪くても焦らず、いつでもボイトレの基本を思い出すように努めたいものです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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