「ボイトレなんていつでもできる」では後悔する。歳を重ねると”一日の時間”はどんどん短くなる。

「ああ、もうこんな時間か!一日はなんて短いのだろう」・・・毎日、夜になると決まってこんな思いが頭をよぎります。僕だけでなく、世の中のほとんどの”大人”は、似たり寄ったりな感慨にふけりながら一日を終えることでしょう。

先日、仕事仲間と打ち合わせをしていた時のことです。僕たちの会話する声に交じって、少し離れたところから子供たちの遊ぶ声が聴こえてきました。小学校低学年の子たちでしょうか、キャッキャッと楽しそうに戯れているようです。

そんな子たちの声を聴いて、仕事仲間の彼がふと言いました。

「外は寒いのに子たちは元気だなあ。僕があれぐらいの年齢だった頃、一日が40時間くらいあったなあ。だけど今は一日たったの10時間しかないよ!」

彼は少し冗談めかして言ったのですが、僕は「本当にその通りだ!」と大きく頷きました。

本当にそうなんです!僕の体感でも、まさに一日は「あの頃の4分の1」の時間でしかないように感じます。

”大人の日常”は、とても慌ただしいものです。

僕は銭湯に浸かることが大好きです。街の銭湯は減り続けているので、必然的に入浴料金は少しずつ上がらざるを得ず、今では400円を超えています。それでもライブやレッスンなど、仕事を終えた帰りに立ち寄る銭湯の心地よさは格別であり「400円は安い」とさえ感じます。

「さあ、今日はライブが早く終わるから帰りに銭湯に寄ろう!」と、リュックにタオルや石鹸などの”お風呂セット”を詰め込んで家を出ます。・・・けれどほとんどの場合、銭湯に立ち寄ることが出来ずに帰宅してしまいます。・・・上手く表現できませんが、自分に与えられた一日の時間を読み違えている”ような感覚なのです。

”お風呂セット”を持って外出したのものの、予定通りに進まないことがあったり、思わぬ雑用が入ったり・・・とにかく時間がどんどん過ぎていきます。そして結局、やり残したことが気になり、早々に帰宅する・・・と、こうなるわけです。

銭湯なら「お風呂セットを持参したものの、今日も立ち寄れなかった」で済みますが、ボイトレの場合、そうはいきません。

例によって”一日の時間を読み違えて”、帰宅してから夜中にこっそりアンザッツをやる羽目になった経験もあるので、可能な限り自分のボイトレは早めの時間に済ますようにはしていますが・・・

思えば、僕も学生時代までは一日が長く感じられていたように思います。ボーっとテレビを観ながら寝そべってチョコレートを食べて・・・何も生み出さない時間をたくさん浪費してきたんだろうなあ・・・

若い頃は気付かないものなんでしょうね、時間は無限にあるように感じていますから。結局、その頃から時間を惜しんで努力できる人を”天才”と呼ぶのかもしれません。

もし今の僕が、学生時代の自分に一言アドバイスできるとしたら・・・

「今の一日の長さが、そのままずっと続くとは思わないように!だから、一日の時間が長い今のうちにボーっと過ごす時間を減らしなさいよ!」と言いたいです。

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