僕は「男はつらいよ」、寅さんの大ファンです。
いつ見ても、笑って泣いて・・・世界の映画史上に残る、素晴らしいシリーズだと思います。
さて、この「男はつらいよ」の魅力の一つに、寅さん役「渥美清さん」の声の素晴らしさが挙げられます。
露店でインチキな物を上手いこと言って買わせる声、騒動を巻き起こす時の怒鳴り声、時折聴かせてくれる顔に似合わぬ綺麗な歌声・・・
渥美清さんの声無しに、この映画を語る事は難しいでしょう。
今回は、「寅さん=渥美清さん」をボイストレーニング的に解説していきたいと思います。
お付き合い下さい。
寅さんの声
帰郷するたびに騒動を巻き起こす寅さん。
旅先でも、故郷柴又でも、本当に素晴らしい声を聴かせてくれます。
啖呵売の寅さん
路上で物を売る寅さんです。
寅さんは「仮声帯」を使った「歪み声」の使い方が本当に上手です。
歪んだ声で声量を出して、尚且つ喉を安全に働かせて、色々な物をたくさん売っていたのでしょう!
この歪み声こそが、大きな声量で長時間発声する事を可能にしてくれます。クリアーな声ではとても露天商は務まらないでしょう。
怒る寅さん
寅さん、かなり怒ってます。
路上で物を売っている時の「歪み声」をさらに強くした感じで、荒々しく声量豊かな声を響かせてくれます。
歪み声は寅さんの代名詞的な声です。渥美清さんは下積み時代、ストリップ劇場の幕間のコントでその芸を磨いていました。酔客の喧騒の中でも「合理的によく響く声」を独学で会得したのでしょう。
歌う寅さん
一人語りをする寅さん。
映画の中での寅さんの独演は「寅さんのアリア」と呼ばれ、名調子と美声の宝庫でした。
2:44辺りから少し歌声が聴けますが、音程・トーンともに、正に「ミックスボイス」ですね。
脇役勢の声
タコ社長
「男はつらいよ」の脇役勢の中では、この人の声が印象的です。
寅さんの実家の裏にある印刷工場の社長さん、通称「タコ社長」です。
声のトーンも「ミックスボイス」的な感じです。
とても高い音域で、声量豊かな声です。
2:45辺りに登場する、まさに「タコ」のような風貌の人ですが、彼と寅さんとの大ゲンカは映画の楽しみの一つですが、撮影現場はきっと「声のシャワー」のような状態だったのではないでしょうか。
タコ社長役の太宰久雄さんは、中学時代の軍事教練で、間近で機関銃を撃たれ耳が少々悪くなったために、あの独特の高い音域の声になっていったそうです。やはり、耳が悪い為に常に大きな高い声で話して、無意識に喉の機能回復を強力に行なっていたためでしょうか?・・・
リリー
寅さんが恋をする相手を「男はつらいよ」の中では「マドンナ」と呼びます。
そのマドンナ役で一番有名だったのは、浅丘ルリ子さん演じる、売れないクラブ歌手「リリー」です。
上記は石原裕次郎さんとのデュエットですが、石原さんの綺麗なビブラートに比べ、浅丘さんの声は細かく震えています。
これは「トレモロ」といって、”ビブラートの劣化版”的に捉えられ、生理的にとても不自然な声・喉が未完成な事の証だといわれています。
しかし、浅丘さんの歌唱の特徴・魅力は、この「トレモロ」にある事も事実です。
浅丘さんの「トレモロ」のように「生理的に良くない声=その人の歌の魅力」となっている事があり得ます。またこの場合の「生理的に良くない声」という意味も「クラシックの発声的に良くない声」というニュアンスも多分に含まれてしまっています。もしかしたら、浅丘さんの喉にとっては「トレモロ」は自然で健康な状態の現れなのかもしれません。ロックやポップスの歌手の中には「クラシックの発声的に良くない声」を自分の魅力として使いこなしている歌手もたくさんいます。このことは音楽の持つ説明不可能で不思議な面白さの一例です。
まとめ
以上、いかがだったでしょうか?
寅さんの声の「歪み」「唸り」のような要素は、声を育てるのに不可欠な要素です。
僕たちが、時々は歌から離れて映画の中の色々な声のバリエーションを研究する事は、ボイストレーニングを進めていく上でとても大切な事だと思います。
「セリフの為の声」と「歌の為の声」は、生理的には何の違いもないのですから。
以上、ご精読ありがとうございました。