【フースラーの言葉】あなたの声も喉も限界に達していない。「不健康な発声」が「健康な発声」へと変わる

他の楽器を習得することとボイストレーニングは、似ているようで実は全く性質の違うものです。他の楽器の訓練は「技術的・音楽的な習得」を目的としていますが、ボイトレは(狭義には)「楽器の立て直し・修復」を目指すものです。

”狭義には”と書きましたが、ボイトレには「ボーカルトレーニング」的な要素が含まれる場合も多く、歌を歌ってそれを題材にレッスンを進めていくこともあるでしょう。僕もそのようなレッスンの進め方をするこもありますが、そうなるとどうしても「美的な(音楽の嗜好的な)」主観が介入しがちになります。つまり「この部分はこんな風に歌わないと、曲の雰囲気に合わないよ」というようなアドバイスを与えてしまうことです。これはボイストレーニングではなく「 カルトレーニング」の分野になります。声の訓練は「治療以外のなにものでもない(フースラー)」と言われ、ボイトレすることは「喉という楽器の修復=治療」です。他の楽器を習得することが「楽器の修復」であるはずがありません。

例えばギターを習うことになり、楽器屋さんでギターを買ってくるとします。不良品でもない限りそのギターが壊れていることはありませんが、残念ながら喉の場合はそうはいきません。楽器の修復=ボイトレが必要になってきます。

では”修復が必要な”、つまり壊れた楽器(=喉)の持ち主とはどのくらいの割合で存在するのか?あなたの、僕の、皆の喉は正常なのか?・・・答えは「ほとんど全ての人の楽器(喉)は壊れていて、修復が必要」なのです。

正常人というものは実は「正常」ではなくて常に音声衰弱的だということである。

(中略)

最初にその声に見出したことがらは、決してその発声器官の肉体的ならびに音声的な限界をしめすものではない。

 

フレデリック・フースラー

三大ボイストレーナーの一人、フースラーは自著「うたうこと」の中で上のように書いています。

「ほとんどの人の喉は正常ではなく壊れている。その壊れた喉から出てくる声は、その人の声の能力の限界ではない」という意味で書かれています。同時に「肉体的な限界」とありますが、このことについて上記引用文の前に「声の出し始め」について面白いことが書いてあります。

では「音声的な限界」「肉体的な限界」とは?


出てくる声が変わる(音声的な限界を広げる)

音声的な限界とは・・・

「あなたの声はこんなものじゃないよ!もっともっと良い声が出るよ!」・・・これは誰でも良く理解できると思います。何しろそのためにボイトレを頑張っているのですから!

「声は生まれつきのものだから変えることはできない」と信じている人でも、ボイトレには”声の音質的な伸びしろ”を託しているのではないでしょうか?

「今より張りがあり、良く通る声になりたい」「もっと豊かで声量のある声を目指している」・・・これは”音声的な限界を広げる”ことにほかなりません!

つまり、全てのボイトレ学習者は「今の声は自分の限界でなない」と信じているから、練習に精を出す事が出来るのでしょう。(本当は、そんな控え目な意味ではなくもっと「劇的に」「別人のように」声は変えられるのですが・・・)

まだ、あなたの「声」は音声的な限界に達していません。

 

今は「不健康な発声」でもいつかは「健康的な発声」になる(肉体的な限界を広げる)

では肉体的な限界とは・・・

フースラーが「声の出し始め」につい、次のように書いています。

「声の出し始め」を”強く”することは喉にとって危険だと言われています。つまり「突然、ドバっと!」たくさんの息で声帯をこじあけるような声の出し方は喉に負担がかかり「不健康な発声」だと考えられているので、普通「声の出し始め」は「ふんわりとやわらかく」発声するように指導されます。

けれどボイトレを進めることによって喉の機能回復が進み、細かい部分に神経が行き渡るようになってくると、声の出し始めを「突然、ドバっと!」発声することは、”声の出し始めをやわらかくする”訓練として使われるようになります。一見矛盾することのように感じるこの訓練は「突然、ドバっと!」声を出す事によって声帯への神経を研ぎ澄ましていって、その結果”声の出し始めをやわらかくする”ことを成し遂げようとするものです。つまり充分にボイトレが進んだ喉にとっては「突然、ドバっと!」発声することさえ「健康的な発声」に変わってしまっているのです。

考えてみれば当然のことですね!声の出し始めを「やわらかく」も「突然、ドバっと!」も、両方とも歌の表現には必要なことなのですから。「声の出し始め」・・・優しい表現の時にはやわらかく、激しい表現の時には強く、音楽的な欲求に基づいてどちらも使えるようになりたいものです。

つまり、あなたの「喉」もまた肉体的な限界に達していません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

僕は他のブログ記事では「声」と「喉」をかなり曖昧に扱ってきましたが、ここでは「音声=声」「肉体=喉」と、分けて考えたいと思います。

ボイトレによって声の質や音量が変わることは誰にでも想像できると思います。けれど実際は、肉体的にも全然限界を示していないのが私たちの喉です。今の「不健康な発声」でさえ、肉体的に「健康な発声」へと変えることができる、そんな可能性が正しいボイトレには含まれています。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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