「俺は音域が狭いから」という言葉をよく耳にします。
一般的に「音域・声域」はレンガを積むように、半音づつ積み重ねて広くしていくものと思っている方は多いのではないでしょうか?
しかし、実際には音域は「積み重ねて広く高く」していくものではありません。
例えば「高いラ」の音が頻繁に出てくる歌を歌えるようになりたいからといって、半音ずつ音を高くする練習をしたり高音の練習ばかりしていたのでは、一向に目標の歌を歌えるようにはなりません。
むしろ喉は硬直を起こし、前より歌いにくくなった!歌える歌が減った!なんて事になるでしょう。
しかしながら「高いソ・高いラ」が楽に出せる事は、喉の自由度の目安にはなり、その日の自分の調子を測るバロメーターにはなります。「高いソ・高いラ」は「喚声点・パッサジオ」、つまり地声と裏声の分岐点に当たる音域です。その辺りの音が無理なく出せている状態は「喉が自由」「調子が良い」という事になります。
僕は調子が悪くなると「喚声点付近の音」が、まず出しにくくなります。こんな時でも意外な事に高音は割と簡単に出せたりします。この事、つまり「不調の時に喚声点付近の音が出しにくくなる」事は生理的に正しい事です。例えば、あなたが風邪をひいた時に「喚声点付近の音が出しにくい」と感じたなら、あなたのボイストレーニングは正しい方向へ向かっている、とも考えられるのではないでしょうか? 逆に「風邪をひいた時、音程が高くなればなるほど出しにくくなる」のならば、あなたのボイトレはちょっと問題があります。呼吸の力で高い音を出している可能性が高いです。
「声は高くなればなるほど難しい」という考えも完全な誤解です。例えば「高いソ・高いラ」の方が「さらに、その上のドやレ」より難しい事もあり得ます。また「瞬間的に出すラの音」より「ミの音を持続させる事」の方が難しいともいえます。
全ての音域のトータルな改善を
皆さんは「手に入れたい音域だけ」を練習していませんか?
この考え方はボイストレーニングにとってはマイナスであり、危険な事です。
「高いラ」を出す為には「高いラ」から離れた練習をせねばなりません。
「この音を出したい!」という思考の練習はボイトレを失敗させます。
正しい練習を続けて声に自由さが出てきた!
「低いド」の響きが良くなったし「高いラ」も出るようになった!
こんな風に全てがトータルで改善していきます。
逆説的に「ある一つの事だけ、極端に進歩した」というケースは必ず副作用を伴っています。僕は、かつて「歪み声」に取りつかれていた時期がありました。僕は自分がクリアーな声でしか歌えない事にいつもコンプレックスを持っていたので、自分なりに独学で「歪んだ声」を研究して練習した結果、憧れの「歪んだ声」で歌えるようになりました。(今考えると、歪みの質も汚く、生理的にも完全に間違った発声でした。)そして、全ての曲の全ての音を「歪んだ声」で歌い続けた結果、元々持っていたクリアーな声を失い、慢性的に喉は不調になるという結末となりました。つまり「歪み声」ばかり練習して、その声を出せるようにはなったけれど、失ったものの方が圧倒的に多かったのです。これは完全に「副作用」だと思います。正しくボイトレを行なって「歪み声」を得ていたならば、「クリアーな声」もより輝きを増し、何よりも「歪み⇔クリアー」の切り替えが自由自在に出来ていたはずです。
また練習はバランスが大切なので、「高音の練習」「ミックスボイスの練習」「歪み声の練習」のようなある一定の音域や音色に特化した練習は長い目で見ると弊害の方が多いです。
音域は半音づつ積み重ねて広くしていく、といった種類のものではありません。
よく「私の今の最高音はhiA(高いラ)です」「目標はhiC(高いド)を出す事」等と表現します。
音程は、低いより高い方が難しいことは確かでしょうが、「○○まで出せる」というのはあまり意味がないと思います。
突発的に高い音を出す事は以外と簡単だからです。
超低音→低音→高音→超高音→超低音→低音→・・・声は一つの「輪っか」のような物だとイメージしてもらった方がいいかもしれません。
つまり超低音と超高音は決して離れた場所にはないのです。
ボイトレとは声全体をトータルに改善していくものであり、高い音だけとか甘い音色だけとか、一部分だけ良くなっていくものではありません。
低い音も鋭い音色も同時に自由になっていくものです。
同じように、「歌声だけ」改善することもあり得ない事です。「ボイトレで話し声は改善しますか?」という質問を時々受けます。これには「もちろんです!例外なく改善します!」と答えます。「歌声」も「話し声」も、あなたの喉で作られた「あなたの声」です。逆に「私、自分の話し声はとても気に入っているので、歌声だけ改善させて下さい。」と言われる方が、僕は途方に暮れると思います。
以上、ご精読ありがとうございました。