声区の分離・強化・融合こそ教科書通りのボイトレ。実績があり、安心して取り組める

ボイトレの基本的なプロセスは「(声区の)分離・強化・融合」です。これは17世紀、ボイストレーニングが隆盛を極め、素晴らしい歌手がたくさん生まれていた時代から守られてきた“声を育てる”手順です。この手順さえ踏めば声は間違いなく育ち、後はその人の音楽性がどうか?という問題だけとなります。つまり「声は才能ではなかった」のです。

しかし、残念ながら19世紀以降この手順は失われてしまい、この手順を踏まないボイトレが流行りました。つまり、いくら頑張って精進してボイトレしても声が育たない人が現われました。

かつての不勉強だった僕は「声は生まれつきのもの」と考えていましたし、今でも多くの人がそう信じています。

僕は幸運にも“声を確実に育てる手順”を教わることができましたが、世の中ではまだまだ「声は才能」といった意見が大多数であることは、レッスンを通じて、またライブに楽屋での会話で思い知らされます。

さて、話は変わりますが、僕は小学生の時に初めて家にあるギターを弾き興味を持ちました。「ギターが弾けたらカッコいいだろうなあ」と憧れを抱くわけですが、インターネットもない時代、どうやって弾いていいか分かりません。差し当たって本屋さんで「コードブック」なるものを買ってきて、押さえ方を覚えて弾いてみると、なるほど音はちゃんと出ます。そうして弾きながら歌ってみたりして、それがそんなに間違っていないという事は分かるのですが、左手の弦を押さえるフォームや右手の弦の弾き方が正しいかどうかまでは分かりません。つまり「自分の弾き方が”教科書通り”かどうか」が分からなかったのです。

そうこうしているうちに高校生になり、当時のご多分に漏れずにバンドを組んでギターを弾きながら歌ったりするのですが、その頃にはもうすでに“独自の弾き方”が身に付いてしまっています。(僕だけでなく、ギターを弾いていた周りの友人たちも大体そんな感じだったと思います)

 

教科書を使わない練習は頭打ちになる。そして打開策が分からない

つまり教科書を使わない、アカデミズムのかけらもない我流の練習をしていたわけですが、これはロックやポップスといったジャンルでは当時はむしろ当たり前の事でした。僕自身、そんな風に身に付けた“独自の弾き方”に対して何の疑問も持っていませんでした。

ところが何年かすると問題が起こってきます。「何をやっても、もうこれ以上上手くならない」という状態が訪れます。そうなるとそれまで我流でやってきた僕たちはどうしようもありません。賢い人はハッと気付いてギター教室に通うかもしれませんが・・・結局ロックギタリストとしての僕の成長はそこで打ち止めとなりました。

 

実績があり、上達の確証がある教科書の存在は大きい

その後、30代になって僕は突然クラシックギターに目覚めました。たまたま聴いた「アルハンブラの思い出」という曲に感動してギター教室に通う事になったのですが、それから僕は8年間もクラシックギターの練習を続けることが出来ました。

もちろんクラシックギターの音色の素晴らしさが僕を惹きつけていたことは事実ですが、練習を続けられたことにはもう一つの理由があります。

それは「これをやれば、こういう風に上達していく」という、しっかりとしたレールに乗った、歴史的にみてもたくさんのギタリストの指と音楽性を育ててきた実績のある“教科書”が用意されていたからです。

この実績のある“教科書”の存在はとても大きいものでした。当然クラシックギターの練習でも、ロックギターをやっていた頃のような「成長の停滞期」といった時期が訪れますが、 “教科書通り”の練習を地道に続けていればそこから抜け出し新しいレベルに入っていける、という歴史が作った“確証”があったため、安心して練習を続けることができました。(そして、やっぱりその通りになりました!)

それに一日の練習メニューも決まっていたので、気分が乗る乗らないに係わらず、とりあえずデイリートレーニングさえこなしていれば、少なくとも少しずつ進歩していきます。

やっぱり、「これをやってたくさんの人が上手くなった」という実績ほど学習者に勇気を与えるものはありません。

 

実績の乏しいものを頼ることには不安が付きまといます

ボイトレの練習として信じられているものの中には、本当にユニークなものもあり多種多様です。

「お腹をベルトで縛って声を出す」「ストレッチと腹筋を繰り返せば声が良くなる」・・・こういった練習(?)は信憑性に乏しく実績もありません。

僕もかつては色々な練習を試しましたが、残念ながらほとんどが歴史的な確証のないものばかりで、やっぱりその通り、僕の声は育ちませんでした。

こういった練習は、万が一上手くなる人がいたとしても、その何倍もの“効果のなかった人”を生み出しているのが現実ではないでしょうか?

 

「たくさんの人が声を育てることが出来た方法」・・・これに勝る”確証“はありません

さて、冒頭に書いた「(声区の)分離・強化・融合」のプロセスを踏んだボイストレーニングには「たくさんの人が声を育てることが出来た」という確証があります。

なので、今の僕にはかつてのように「成長の停滞期」に陥って何をやっていいか分からないということはありません。

少し頭打ちになったとしても“教科書通りの”練習を続けてさえいればいつか次のレベルに足を踏み入れることができると言われているからです。(そして、必ずその通りになります)

そしてもちろん毎日の練習メニュー決まってきます。なので安心してボイトレに取り組むことが出来ます。

「これさえやっておけば!」・・・間違いのない教科書があることは、とても安心感があるものです。

 

以上、ご精読ありがとうございました。

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